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EMMA_SON TRIPPING

2016/10/20

UTMBへの挑戦<後編>

『完走できた理由はなんだと思いますか?』
フィニッシュ直後インタビュアーに聞かれて、色々答えた気がするけれど、ちょうど約2ヵ月経った今でも明確な答えはありません。完走率が50~60%と言われるUTMB。2500人を超えるUTMBの出走者のうち、完走したのは786人で完走率は30.76%。女性の完走者は59名、完走率はわずか22.87%でした。今年は40度近い過酷な暑さと2日目夜の雷雨が選手を苦しめました。私は、ただただとにかく夢中でした。約170kmに渡る道のりで私に起きたすべてのことをここに書き記します。

明後日、必ずここへ帰ってくる

UTMBのスタートについては、どんなに派手な号砲があるのか、紙吹雪やらスモークばりの大がかりな演出があるのか、なんて想像をしていたのですが、意外にシンプルなものでした。スタート数分前から鳴り響く音楽のボリュームが大きく、周辺の人々の雄叫びやけたたましい笛の音にMCの声が掻き消され、ゲート前の大群が牛歩でゲートに向ってジリジリ詰め始めたと思ったらそのままいつのまにかスタートしていました。
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段差すら見えないくらいの満員電車状態で、ジリジリ前に進む。走れたもんじゃありません。ゲートから数kmの街中は鉄の柵でコースが整備されていて、その両側には優勝パレードのように人垣が出来、その間を走っては詰まって歩き、走っては詰まって歩きを繰り返します。沿道に見に来ている仲間を探そうにも意外と見つけられず、ハッとしてもすぐ通り過ぎざるを得ないような中でスタートしました。
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「明後日、必ずここへ帰ってくる」。拳を握りしめながら歓声の中を旅立ちました。
街を抜けると暮れはじめた太陽がまぶしいロードを走り、TDSではウィニングロードとなる最後のセクションの林道を逆走します。高低図ではフラットに見えるこの区間は意外とアップダウンがあり、真ん中あたりでスタートした私の周りの選手はどんどん走っていました。緩い登りだろうが足場が悪かろうが歩いている人などいない。足を使い切ってはいけないとか、前半は抑えるといったスマートな戦略ができれば良いけれど、そもそもスピードのない私にとって最後尾ののんびりペースに巻き込まれて失敗したことが多々あります。そうならないためにも、"しょっぱなから"自分なりに一生懸命走りました。貯金をたくさん作っておく作戦です。
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スタートから8km、最初のウォーターエイドLES HOUCHES。たった8km、たった1時間。しかもほとんどロードと林道なのに気温が高くあっという間に水を消費して1リットルがほぼ空っぽになりました。暑い。あまりにも暑い。だけどこれから標高2000mまで上がり、日も落ちてくる。500mlのボトルに水をめいっぱい入れて再スタート。前半は選手が密集しているだけに、エイドは混雑していて、背の大きい欧米選手に押しつぶされながらグイッと前に出て水をもらわなければいつまでたっても人垣の外に追いやられ続けるはめになります。
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LES HOUCHESからの最初の山、Le Delevret。トレイルヘッドに前日までTDSを走っていた友人の姿を発見。なんとシャモニーから隣町まで応援に来てくれていました。意気揚々と登りはじめた最初の辺りでは、カラフルなアフロのカツラを被った賑やかな現地の方々の応援や、日本人の私設エイド(!)もあり、応援の多さはやはりUTMB! 驚くほどに賑やかでお祭り騒ぎ。全コースを通してみても、どこにいても、たとえ山の中でも夜中でも、あらゆる場所が応援や観戦を楽しむ人で溢れていました。
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意外だったことは、TDSはスタート早々トレイルで高山地帯らしい稜線に出るまでが比較的すぐだったのですが、UTMBでそういった景色が見られるのはずっと後でした。ロード、木に囲まれた林道、ロード、そして樹林帯の急登。日本にもありそうな路面と斜度の直登で、カラッとドライな気候の地域では珍しく、やや湿度が高く暑く苦しい登りでした。

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横になが~い高低図の中では小さな丘のように見えるけれど、標高は1,764m。5.9kmで標高約750m上昇。なかなかの急登です。日本人を見つけては『ふくらはぎに効きますねぇ』なんて会話をしつつ樹林帯を登ること約1時間。やっと景色が開けると、そこには赤く染まりはじめた空が広がっていました。足元は固い大きな岩の上に土がのったような"ダート"。1年ぶりの感触に懐かしくなりました。これこれ。どんなに標高の高い場所でも、多くがこの固い土のような岩のような路面なのです。日本のように木の根や石が無数にあるシングルトラックのようなテクニカルな場所は少なく、日本で言うなれば足元だけは林道のようなトレイル。走りやすいようで固くて疲れるという人もいます。
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ガンガン走る周りの選手につられて下りも思い切り走って、予定よりも30分早くひとつ目のエイドSaint-Gervaisへ到着。わりと大きな町? なのか大人から子供まで応援も多く、夜だというのに笑っちゃうくらい『アレー!アレー!(がんばれ)』と大騒ぎ。交通規制もされていて、日本なら苦情が出そうですが、街の人もきっとこのレースを楽しみにしているのでしょう。この時点で夜の21:00。まったく寒くないために街の人も選手達も皆、半袖生脚です。
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21km地点。日本国内のロングレースならば、比較的に選手は手早くエイドの物を手にしてすぐに出発するでしょう。しかし驚いたのは、周りの選手はのんびりと座り込んだりして補給しています。関門まで1時間近くある時間帯だったかもしれないですが、それにしても余裕綽々。
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Ssaint-Gervaisから2つ目のエイドLes Contaminesまでは、緩やかな登り基調の道が意外と堪え、加えて序盤に水を摂りすぎてややお腹が緩くなってトイレを我慢しながら走ってちょっとペースが落ちたけれど許容範囲内。関門1時間前に到着。
Les Contaminesは、TDSでは終盤に通る場所。3去年は応援の人なんてほとんどいなくて閑散としていたので、まるで別の場所のよう。30.7km地点、23:00。エイドにはバナナ、オレンジ、サラミにチーズ、細いパスタの入ったスープ。飲みものは水(ミネラルウォーターとおそらく水道水らしきものがある)、炭酸水、コーラ。エイドによってコーヒーとレモンティー。Les Contaminesにはテーブルとベンチがたくさんある比較的大きなエイド。ここでもまたドカッと椅子に座って休憩している人やすでに寝ている人までいるんだから驚きです。
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繰り返すハンガーノックとの闘い

私は"エイドワーク"をとても気にかけています。完走できるか否かを時に大きく左右するからです。5分、10分という時間は休んでいるとあっという間ですが、走ってその時間を短縮するのはものすごく大変なことです。3~5分が基本で、トイレと多めの補給をする時でも長くても10~15分と決めています。関門ギリギリランナーは1分1秒が命取り。エイドに近づいてきたら、1kmくらい前からエイドで何をすべきかを頭の中で整理します。今、水分はどのくらい残っているのか。補給はどのくらい計画的に摂れているか。今自分の身体に何が足りないか。

エイドに着くなり一目散に飲みもののテーブルの前に行って水を補給して、ボトルにパウダーなどを入れる(UTMBではMAGMAとShotzを使用)。モノを置ける場所で補給しながら脚も伸ばしてストレッチしつつ補給食の入れ替えをしたら、ゴミをすべて取り出してエイドを出る時にゴミを捨てて出発です。そんなわけで、ここでも5分ほどで飲みものなどの入れ替えを済ませ、バナナとおにぎりをかじった私は、同じくらいの時間にエイド入った人達よりもずいぶん早く出発することになりました。このことが、まさか、思いもよらない最初のトラブルを招きました。
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UTMBオフィシャルライブカメラより

Les Contaminesのエイドを出るとCroix du bonhomme(標高2439m!)への登りが始まります。山中のエイドを一箇所通るものの、次の大きなエイドは4~5時間後。トレイルヘッドまでは、暗闇に遊具がうっすら浮き上がる公園のようなところを通ったり、ログハウスをクラブのように見立てて、騒がしい音楽の中で若者がお酒のボトルを振り回しながら踊り狂っていたりする横を黙々と走りました。トレイルヘッドからは長く辛い林道。そして、走れそうで走れないトレイル。途中で登りの斜度が急にキツくなり、前後に選手がみっちり列を成すようになりました。渋滞ではなく、流れの早い行列です。足を持ち上げて登らなければならないような場所で、前後の欧米選手はヒョイヒョイとペースを落とさずに登るのに、私の歩幅では彼らの1歩が2歩にも3歩にもなり、心拍もどんどん上がって制御が利かないような状態になっていました。
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「ハァ、ハァ、ハァ」。せわしなく呼吸をしながら必死でハイペースな登りの流れに付いていく。一人譲ればそのあとがずっと続いていて、いずれはその行列にまた戻らなければならない。「ハァ、ハァ、ハァ」。標高も上がって空気が薄くなるなかで、『このままで行こう、このまま流れに身を任せてとにかくついて行こう』普段の自分のペースよりもはるかに速く、補給などしている間もなく遅れるまいと食らいつきました。
稜線らしい強めの風か吹きはじめて、やっとピークに近づいたかと思った頃、身体がフラッと横になびきました。途端に脚がおぼつかなくなり、手が痺れる。ハンガーノックです。ピークまであともう一息というところでエネルギーが枯渇し、滑落しそうな足場が悪い岩盤のトレイルをよろめきながら歩きました。ゼッケンにバーコードリーダーのような機械をかざしてもらい、ピピッと音が鳴ると、すぐに前の選手が下りを爆走しはじめます。なぜか他国の選手はコース上であまり補給をしないようで、エイドでたっぷり摂って、休まずどんどん先へ行ってしまいます。

ハンガーノックをいち早く解消するためにも、ジェルや固形物を詰め込みました。揺れる胃を押さえながら、しばらくするとエネルギーが充填され始めて前を追って下りを走る。スピードの出る走りやすいトレイルが続くも、いやいや、長い。UTMBは登りも長ければ下りも長い。1時間以上、「長い~!長いよ~!」と10回くらい叫んで叫んで、叫び飽きた頃でようやくエイドに着くのです。エイドに着く頃には胃の中は再び空っぽでした。

49.4km地点のエイドLes Chapieux。3:29着。Les ContaminesからLes Chapieuxまでの区間で190人抜いて、思いがけず1時間45分の貯金ができました。が、しかし、かなりのハンガーノックで身体に力が入らない状態。頭もボーっとして、視界がぼんやりします。初めてハンガーノックになった時にはそれはそれは大混乱でしたが、やっとトレイルランニングを始めて4年目になり、さすがに焦らなくなりました。ロングレースはどれだけ自分の引き出しを持っているかということも大切だと思っています。何かが起きた時にあっちの引き出しこっちの引き出しを開けて対処して、乗り越えながらうまく進めていく作業の繰り返し。
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飲みものをボトルに入れると、パスタの入った温かいスープをもらいました。あとは、バナナとビスケット、コーラ。ハンガーノックになるとジェルが途端に嫌になる。そこでスープにアルファ米のおにぎりを入れることにしました。イスではなく地面に座り、開脚したり足をストレッチしたりしながら補給。偶然そのそばがリタイアを申告する場所だったようで、まだ半分にも満たない場所だというのに選手たちが次々とリタイアを申し出ていました。それほど一晩目の長い登りは辛いものでした。

補給を終えて、混みあうトイレに並んでいると、前の女性に『Emma!』と声を掛けられました。ずっと私の前を軽快に走っていた可愛いコーディネートの金髪美女です。花柄のスカートにタイトなシルエットのTシャツ。骨太だけど脚が長い。いや、知らない人だけど? と思ったら、なんと彼女のゼッケンに記された名前も『Emma』でした。私のしょーもない英語力では『ワオ~エマ~!』くらいしか言えなかったのですが(笑)固い握手を交わしました。その後も彼女とは幾度となくコース上で会い、声を掛けあいました。
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エイドを出る際に装備チェックがあり、レインシェルと携帯とヘッドライトあたりのいくつかを確認。結局このエイドでは補給・トイレ・装備チェックで30分を費やしました。薄暗い中、次は『一番キツイ』と知人達から聞かされていたセクションへ。49.4km地点Les Chapieuxから65.8km地点Lac Combalまでの16.4kmの道のりの中に標高2500m級のピークが2つあります。これは、最近になってコース変更になった場所で、ひと山増えて距離も少し伸びた部分です。このふた山が選手を苦しめるのです。

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ひとつ目のピークCol de la Seigne(セーニュ峠)までは10.3kmで1000m上昇。エイドを出るとしばらくはロードの登り。いわゆる峠走のような走るには斜度のある道。ここで、ストックをカツカツ言わせながらメトロノームのようにリズムを刻むヨーロッパ系の男性を発見。年齢は40~50代。ベテランの雰囲気を醸し出しています。競歩のようにお尻や骨盤をうまく動かして脚を出しているようで、周りがダラダラ歩いているのに一人だけ際立って速い。

ヨシ、決めた!ストックを握りしめ、斜め後ろにポジショニング。男性のメトロノームストックワークに合わせて私もカツカツとストックを振って地面を弾ませ、そのリズムに合わせて脚を前後に出した。みるみる選手を抜いて行く。ただ着いていくだけ、というのは本当に楽なもので、グングン引っ張られて進みます。4km強のロード登りをあっという間に終えてトレイルへ。途中で後ろにくっついていることに気付かれて、会釈してみたけれどあまりよろしくなかったのか、それ以降は急にスピードを上げて見えなくなってしまいました。
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そこで掴んだリズムでパワーウォークを続けていたらまた手が痺れ出して気付く。「またやってしまった~・・・。」夢中になって歩いていたからか、再びハンガーノックぎみに。今度はピークにたどり着く前に気付き、歩きながら詰め込み補給。ずっとうつむきながら歩いていたけれど、周りに目をやるとわずかに雪化粧をしたヨーロッパアルプスの壮大な山々が広がっていました。間近にある、見たことのないような景色。ここ、きっと明るい時に通ったら最高に綺麗な場所なんだ! 山が大好きな私にとって夢のようなところにいる。ヨーロッパの山の中にいる!嬉しくて補給そっちのけで写真を撮りました。「あとピークまでもうちょっとだからいいよね!」
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・・・と思ったその場所から、なんと40分以上かかりました。人影が見えていたのであともうすぐだと思ってのんびり歩いていたら、あれ?おかしいな?近くならないな?歩いても歩いてもアップダウンを繰り返してその場所へたどり着かず。すっかり明るくなる頃にやっと到着。それでも、3時間~最大4時間かかると思っていたセクションを2時間で登りきりました。目の前には雲海が広がり、来た道を振り返ると選手達のヘッドライトが谷底まで長く遠く続いていました。
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ピークからは美しい雲海と山の間をダウンヒル。軽快に下って下って、「ヒャッホ~」なんて叫びつつ、「なんだ思ったよりも2つ目のピークにすぐ着きそうだ!」と思ったらまんまと罠にハマりました。下りきったところで少し多めに補給をして、サクッと二つ目のピークにとりかかろうと思ったら、ぐるぐるぐるぐるあっちに行ったりこっちに行ったり。どれがピークすらもわからない。次第に岩場になり、前が詰まる。ピョンピョン跳んで行けば良いのに、どうやらみんな苦手らしい。雪渓で変なところに脚を置いて踏み抜く人や、岩にストックを引っかけて折ってしまっている人も。霜で泥になった急登や岩場を超えて、何度も時計を見直してはいつまでたってもたどり着かない二つ目の山を目指しました。
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私はちょうどこのあたりを朝の6~7時頃に通過。また懲りずにハンガーノック状態だったのですが、朝の比較的涼しい時間にここを通過していたことは、完走できた理由のひとつに挙げても良いかもしれません。この区間はとにかく"思った以上に長い"ということが心にも身体にも大きな負担となります。その上、日陰が一切ない場所なのです。9時前にはすっかり灼熱となっていた2日目の晴天の中で、私から2時間ほど後ろのゾーンでは朝から熱中症になる人が続出。私がさらにその次のピークを超えてもうCourmayeurへと下り始めていた2日目の朝10時の時点で、全体の約40%以上がリタイアという事態になっていました。

ふたつ目のピークからの下り始めは、日本で富士山以外の標高の高い山に行ったことのないランナーは苦手だと思います。ゴロゴロした浮石が積みあがった場所で、足を置くとゴロゴロゴロ、また次の足を置くとゴロゴロゴロ、ととにかく下りにくい。ルートも不明瞭で、どうやって下りようか戸惑う選手で渋滞に。すぐ上にいた選手が蹴った岩が落ちてきて、避けた拍子にそばにあった鋭利な岩で脚を擦って流血。乾燥した気候は汗も乾くけれど血もすぐ乾いて助かった! トラバースの道になっても石が多いので前の選手が手こずり、なかなか追い抜くわけにもいかないような場所でもどかしい時間が続きました。岩場が過ぎると走りやすいトレイルとなり、スピードアップしたものの結局次のエイドLac Combalには予定の倍以上の時間がかかってしまいました。

65.8km地点、Lac Combal。登りのペースが速かったので7:30に着いて2時間以上の貯金ができる! と思っていたけれど、8:28。貯金は1時間半。私のタイムマネジメントは『貯金式』。次のエイドまでに何分貯金を増やそう、何分だけ貯金を使おう、使った分は次でまた元に戻そう。貯金が増えていくことが嬉しい。そしてそれは、いざと言う時のために取っておく。
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大量のリタイア者を出したLac Combalエイドの付近は、UTMBと言えばこの景色という代表的な場所。湖に山脈が鏡のように映り、そのそばを選手達が走る。UTMBの各レースを目指すランナーには憧れの場所なのかもしれない。朝早く、あいにくまだ青空と言う時間帯ではなかったために昨年のTDSほどの驚きはなかったけれど、またここに来ることができたんだという感動で眺めつつ過ぎていきました。

湖の近くから入るトレイルヘッドから向かうはArete du Mont-Favre。なかなかタイム表通りに行かないもの。ここでも1時間で行けるかと思いきや、予定よりも30分オーバー。だけどとにかくものすごく景色が美しく、ここをじっくりゆっくり歩いたことは全く後悔していません。しんどかったけれど、景色は最高で、休み休み山を味わいました。途中で沢があって渡渉もあり、小川の横を歩くトレイルは最高! すっかりハイキングと化していたけれど(笑)ものすごく楽しかった!
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ピークでは、日本人のボランティアスタッフの方がいらして、『あれがイタリア側から見るモンテビアンコ(モンブラン)よ、綺麗でしょう!』と教えてくれました。現地在住の方なのでしょうか。写真も撮ってもらって大満足でした。

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Arrete du Mont-Favreから、ちょうど中間地点となる関門、いや"鬼門"のCourmayeurまでは8.7kmの下り。「よっしゃー!駆け下りるぞー!」と気合を入れたものの、とにかく暑い。そして長い。モンテビアンコを眺めながらの下りのトレイルは最高に気持ちよかったけれど照りつける太陽にどんどん水分を奪われて、途中のウォーターエイドでは、まだ朝の10:00だというのに頭からザブザブ水をかぶって応急処置。その後の樹林帯では、石や木の根の上にサラサラの砂が被っているシングルトラックの九十九折れの下り。暑くて乾いた天候のおかげで咳き込むほどの砂埃が舞い、砂に足を取られて戸惑う選手で渋滞。軽快に下る全身Salomonでキメたお兄さんの後にくっ付いて、なんとか選手を抜いていきました。人がもう少しいなければもっと走れたのになぁ、なんて思うけれどボリュームゾーンにいるのだから仕方ありません。またも、「長い~長い~下りが長いよ~~~」と言いながら、砂埃で頭のてっぺんから足の先まで真っ白になってようやく街に出ました。

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78.8km地点。Courmayeur、11:06。関門は13:15。約2時間の貯金。鬼門というのは『UTMBはCourmayeur(クールマイユール)までの関門が厳しい、Courmayeurさえ超えればあとは歩いてでも完走できる』と聞かされていたからです。Lac Combalに着いた時には、10:30にはCourmayyeurに着くだろうという算段だったけれど、まぁまぁ、上出来。唯一ドロップバッグのあるこのエイドでは、30分ですべてを済ませるつもりでいました。事前にメモ用紙にやるべきことをリストアップしてあり、荷物も綺麗に整理して入れていました。

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最初にメモ用紙を取り出して、上から順番にこなしていく。これまでもロングレースのほとんどをサポートなしで走っていて、自分で準備をすることは慣れていたはずでした。それがどうしたことか、まったく頭が働かず、とにかくカラカラの喉を潤したくて水やコーラを何度ももらっては飲み、それからはパスタを前に荷物をなんとなく出したり入れたり。iPhoneをいじりながら経過報告をfacebookにUPしたりしていたら、気付いたら30分経っていました。

鉄板の上でジリジリと焼かれるように

facebookには
「11時、クールマイユールに着きました! 暑い・・・。めちゃめちゃ暑い。きもちわるい・・・。何度もハンガーノックになり、食べて休んで歩いて復活して走り、を繰り返してます。走れるところ走ってここまできたので、後半はゆっくり歩きたい~。」
と投稿していました。

そんなのんびりしている場合じゃありません。慌ててトイレへ着替えを持って入り、髪を濡らしてさっぱりして、パスタをかき込みながら慌ただしく荷物の入れ替えをして、モグモグしながらエイドを飛び出しました。あまりの慌ただしさに、なぜかトイレへ持って入ったTシャツは着替えず、バッテリーや充電コードも入れ忘れたままでした。まったく意味不明です。

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結局、元気だったのに45分もCourmayeurに滞在して、11:52に後半戦をスタートしました。CourmayeurからRefuge Bertoneまでは4.9kmで784m上昇。ここが最も辛かった、という選手もいました。もう一人のEmmaに最後に会ったのもこの登り。リザルトを見るとここから次第に遅れていて、Arnouvazで関門時間内にエイドを出ることができておらず、残念ながらDNFでした。
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おそらくこの時点で気温は30度を超えていたでしょう。大会本部によると標高1000mで40度近い事前予測だったので、もしかするとエイドを出る時点ですでに38度近かったのかもしれません。私は比較的落ち着いていて、街の中にある水場を探してはヘッドバンドやアームウォーマーを水が滴るほど濡らして身体を冷やし、淡々と登りました。暑さには参っていたけれど、思い返せば私が得意なタイプの登りだったので、もっとCourmayeurで効率よく休んで効率よく補給をしていればもっとパワフルに登れた場所だった気がします。

樹林帯から始まったトレイルもRefuge Bertone(ベルトーネ小屋)に近づくにつれて日陰がなくなり、手持ちの水があともう300mlくらいになってくたばりかけていると、頭上から『エマちゃ~~~ん!』という声。TDSに出ていた友人が優雅にお酒を飲みながらこちらに笑顔で手を振っています。う、うらやましい!追いかけて写真を撮ってくれたのですが、レース後に見たらあまりにボロボロで笑いました。
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ウォーターエイドは小屋の前に設置されているけれど、テントのない青空エイド。太陽が真上にあって影がどこにも見当たりません。わずか数センチほどの小屋の日差しの影に選手が身を寄せ合うように固まっているけれど、どこにいても暑い。足が完全に骨抜きになっていて両脇を抱えられて引きずられるように運ばれている選手もいました。完全に熱中症です。水をかぶって身体を冷やしても、水分を摂っても、喉が渇く感覚がありました。

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Refuge BertoneからRefuge Bonattiという2つの小屋を繋ぐトレイルは、唯一といってもいいほどのほぼフラットな7kmの気持ちがいい"ハズ"のトレイル。「気持ちよく走れる場所だからここは走った方がいい」「ここを走らないと案外次の関門が厳しい」と聞かされていました。事前情報通り、ものすごく気持ちの良いトレイルで、とにかく走れて景色も良くてそれはそれは良い場所だったのですが、何せこの日は暑すぎた。
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体感では40度を超えているんじゃないかと思うほどの暑さ。湿気がなくカラッとしているので、容赦なく水分を奪い、肌を焼く。鉄板の上でジリジリと焼かれているかのような気分。これには本当に参りました。冷感のアームウォーマーを水に濡らして腕を覆う作戦が多少の効果はあったはずだけれど、それでも一瞬で乾いていきます。日本のレースにはほとんどない、日陰が一切ない長いトレイル。前回で「寒いも地獄、暑いも地獄」と書いたのですが、悪天候だけでなく天気の良さもまたUTMBでは目に見えない地獄がありました。
わずか2時間足らずで、どんどん酷い日射病に陥っていきました。ガンガンと金槌で叩かれているような頭痛、手足の痺れ、全身の火照り、目が痛い、耳がツーンとする、身体が重い。だめだ、走れない。こんなに走りやすいトレイルなのに走れない。
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Refuge Bonattiのエイドに着いたのは15:33。何度も何度も水をかぶるのにまったく身体が冷えず、火照りが取れない。頭のてっぺんから足の先まで暑い。iPhoneのインカメラを鏡替わりにすると目が真っ赤に充血。ついにはモノを食べる気も失せてしまい、結局何も食べずにエイドを出ました。

次のArnouvazまでのさほどアップダウンのない5kmの道のりに1時間半もかかりました。ハンガーノックを繰り返しては補給して復活していた前半と違って、日射病からくる激しい吐き気が何度も込み上げ、2~3時間ほとんど補給をしていなかったために、苦い胃液だけをトレイル脇で吐き出すことを繰り返しました。水すら出ない。「おぇえええ・・・」喉元が引き攣って、身体がビクッビクッと痙攣する。泣きたいわけでもないのに、嗚咽のせいで涙が滲む。しゃがみ込む私の背中を心配そうに撫でてくれる選手もいました。立ち上がる時に手を貸してくれる選手もいました。ペースを合わせて一緒に走ってくれる選手もいました。多くの人達に助けられながらArnoouvazに着き、エイドに並ぶ食べ物を見ると吐き気がして、飲みものだけを補給してすぐに出発しました。身体は火照っているのに寒気がしていました。

170kmを通して、唯一リタイアとの境界線にあったのがGrand col Ferretでした。それは、いままでトレイルランニングをやってきて初めての経験でした。ArnoouvazからGrand col Ferretまでの道のりが、どう頑張って思い出そうとしても思い出せないのです。眠気で寝ながら歩いていて記憶が抜けることはあっても、眠くもないのに覚えてないという経験などない。確実に歩いていたはずなのだけれど・・・。2時間もかかってしまった。自分がどういう状況でなぜ4.5kmに2時間もかかったのかもわからない。いつのまにかイタリアからスイスへの国境も越えていて、次に記憶があるのはGrand col Ferret山頂でした。

「あなた、大丈夫?」
「起きて!温かいウエアを着なさい!」
「ドクターが必要?」

スタッフに肩を叩いて起こされてハッとした私は、山頂の草の上で倒れるように横になっていました。なんとなく、山頂に上がってくる時の数100mはぼんやり覚えているものの、なぜ、いつから、横になっているのかわからない。リザルトを見ると19:01にGrand col Ferretに着いていたけれど、思い返せばおそらくその時すでに19:30は過ぎていたように思います。身体がガタガタ震え、寒くてたまらない。もう、だめかもしれない・・・。

ザックから飛び出していた手作りのタイム表入り高低図をぼんやり手に取り眺める。次のエイドLa Foulyまでは9.4km。関門は22:30。あと3時間・・・。身体を起こすのもやっとという状態の今、下りとはいえトボトボ歩きしかできない。しかもLa Foulyまでは走れていてもボリュームゾーンで2時間はかかる下りだと言われているので、足場の悪い下りやアップダウンがあることも考えられる。もし登り下りの平均で20分/kmだとすると188分。3時間強かかる。「えっ? 間に合わない?」背筋が一瞬にして凍り付きました。2時間もあったはずの貯金がいつのまにかどこかへ消えて、プラスどころかこのままではマイナスです。マイナス、つまり関門アウト。「えっ?こんなところで関門アウトになるの??」

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ちょうど100kmを超える頃でした。ぼんやりしていた視界がだんだんはっきりしてきて、周りを見渡すと私のように転がっている人がたくさんいる。大会スタッフが声を掛けたり、大声で次の関門や距離を叫んだりして、選手を鼓舞するも、皆疲弊していてなかなか立ち上がろうとしない。焦っている様子などない。その間をすり抜けるように元気な選手が駆けて行く。

結局、痛い辛い苦しいの半分くらいはメンタルでできているのかもしれません。ぐいっと立ち上がり、ストックは片手にまとめて大きく呼吸をして、猛ダッシュで走り出しました。山頂からの九十九の下りはおそらく170kmのなかでいちばん速かったと思います。ガレと砂で本来ならば苦手な下り。"やけくそ"とでも言うのか、とにかく「はってでもゴールする」という言葉が頭の中をグルグル回り、自分でも信じがたい集中力で下りをぶっ飛ばしました。おかしい話です。さっきまで気を失うように倒れていたのは一体なんだったのか。もういつから何も食べていないか思い出せない。エネルギーなんてこれっぽっちも残っていないけれど、それでも下りの勢いに任せて転がるように身体を押し出すと脚が勝手に回転しました。下りながらも時折現れる登りに苦戦しながらも、一心不乱に次のエイドを目指しました。

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間に合った!
110.1km地点、La Foulyに飛び込んだのは21:00着。貯金は1時間半。とにかくこの吐き気と空っぽの胃をなんとかしなきゃいけない。ジェルはもう一切食べられなくなっていてザックには全く手を付けていない大量の"ゴミ"が詰まっていました。食べられないのであれば持っていても意味がない。お米、ドライフルーツ、一応3つほどのジェルを残して後はひとつにまとめました。ゴミ箱に捨てるにはすごい金額だよなぁ、と躊躇していると日本国旗の扇子を振って応援している人を発見。思い切って「これ、預かってもらえませんか」と声をかけました。すぐに快諾してくれて、ザックの重さが1/3程度まで軽くなりました。

「La Foulyに着きました。日中にまんまと熱中症になり、吐き気が酷くて昼から何も食べられず。フラフラ・・・復活を待ちながらヨロヨロ歩いてるけど、一向に良くならず、貯金を切り崩して横になったりしてみたりしてるところです。ピンチ。このあとどうやって登るか・・・」

facebookに残っていた投稿は意外にも冷静でした。そう、La Foulyから先に大きな山が3つもあるのです。(正確にはChampex-Lacの登りも入れると4つ)これがまた登りだけで2~3時間かかる規模。前半に登ってきた山など小物にさえ思えます。

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エイドのスープ用のお湯をもらい、そこへお味噌汁の乾燥粉末とアルファ米のおにぎりを半分入れる。アルファ米のおにぎりはひとつ前のエイドで水を入れておけば次で食べることができるので便利なのです。これを持っていなければ完走できなかったかもしれません。胃に優しいようにと薄めにしたねこまんまを流し込みました。気持ち悪くて吐き戻しそうになるのを必死でこらえました。相変わらずストレッチしながら補給するスタイルで地べたに座り込んでいると、お尻にひんやり冷たいものが浸みてきました。ゴォォォォという轟音がして巨大なフラッシュが光り、また轟音。一気にエイドが騒がしくなり、スタッフが慌てて床の物を片付け始めました。雷雨です。

吐かずにいれば、エネルギーになってくれる

この数時間前、エイドに向かう途中で轟音が聞こえていて、私はすっかり氷河が溶けて雪崩を起こしている音だろうと思っていたらフランス・シャモニー側では大雨が降っていました。フィニッシュゲートの会場の電源が落ちるなどの騒ぎが起きているなど思いも寄らず、その雨雲がスイス側に迫ってきていたのです。日中の晴天とは一転して急に激しい雷と雨。エイドの床は浸みてきた雨で濡れ、選手達が大慌てでレインを準備する。エイドは大混乱でした。そんな中、facebookの投稿を見た仲間が、気持ち悪いのであれば「温かくして寝るように」と連絡をくれ、その時には混乱の中で雨の準備をしていて滞在時間が約1時間・貯金はわずか30分になっていました。ここで寝ている時間はない。止む様子のない雨はもう諦めて、レインウエアを上下着込んで、雷が鳴り響く雨の闇へ歩き出しました。

次のエイドChanpex-Lacまでは10km近い下りと4kmの登り。音と光の間隔は短く、雷が光る度に空が明るくなり真昼のようになります。大地を張り裂くようなバリバリという恐ろしい音。雷が落ちたらどうしよう、雨はいつまで続くのかな、そんな不安でそわそわしていたのですが、なんとなくちょっとずつまぶたが落ちてくる・・・。気持ち悪さが無くなったわけではありません。雨が気にならないわけでもありません。そういったことを上回るほどの眠気に襲われ始めました。最初は広めの林道で、眠くても勢いをつけて早歩きを続けました。何秒かに一度しか目が空いていない。薄っすら空いた目が見る視界では林道からやや足場の悪いトレイルになり、木の根が這うトレイルになり・・・。前にも後ろにも選手がいる気配だけはなんとなく感じているのですが、まったくどうにも目が開かない。ただただ人の気配に合わせてテクニカル? だったような気のするトレイルを進みました。完全に寝ていました。夢も見ていた気がします。間違いなく寝ていました。もしかするとたまに止まって立って寝ていたかもしれません。
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街のようなところに降りてきて、前後の気配がなくなると一人取り残され、選手が私を次々に抜いていきます。真っ暗な迷路のような路地の下りが続き、余計に眠気を誘います。「あぁ、進んでないや・・・」。日中の日射病のおかげで脚はまだ残っていて元気なのだから、涼しくなった夜間で巻き返せるはずの場所。こんなにも走りやすいのに、頬を叩いてみても、脚をつねってみても、舌を噛んでみても目が覚めない。このままじゃヤバイなぁ、と思っていたら視線の先に明るい光が見えました。選手達がその光に群がっています。近づいてみると幼い子供達を含めて家族が深夜にも関わらずコーヒーや紅茶を振る舞っている私設エイドでした。お腹を下しやすい私はコーヒーをほとんど飲まないけれど、ひと口だけ口に含みました。すると不思議なことにシャキーンと一瞬で頭が冴えたのです。その横にあったレモンティーを飲んでみると今度はお砂糖たっぷり激甘なレモンティーで、脳天が痺れる感覚がありました。これだ!持っていた保温ボトルにレモンティーを注いでもらい、ザックの胸ポケットに差し込みました。

待っていました、「復活」です。

ロングレースの大事なキーワード『復活』。長い距離、長い時間走り続けるレースでは、潰れても潰れても粘り強く耐え抜くと、ふと復活するタイミングが来たりするのです。そうやって幾度ものトラブルや苦難を乗り越えて旅をしていました。復活とあらば、このレースを自ら面白くせねば、とどんどん走って一寸先を急ぎました。寝ぼけながら左右に蛇行する私を抜いていった選手に追いつくと、笑って『Good morning!』と言われました。眠りながら歩く姿がよっぽど滑稽で印象的だったのでしょう。

Grand col Ferretからの約20kmにも及ぶ長い下りがやっと終わったところから、Chanpex-lacのエイドの光が遠く山の向こうに見えました。なだらかな登りがほんの数kmあるだけだと思っていたら、登り始めてすぐトレイルになりなかなか激しい樹林帯の急登が続いて120km走ってきた身体には堪えました。一向に近くならないエイドの光。着いたかと思ったらさらに登らされるようなコースを経て、124km地点 Chanpex-lacへ。登りで寝ぼけてあるいた激遅タイムを挽回し、なんとか想定していた区間タイムと誤差の範囲程度で到着しました。
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01:30。関門は02:30、貯金1時間。眠気からは復活したものの、日射病による吐き気と嘔吐は復活せず。ジェルも何も摂れずに甘いホットレモンティーだけを飲み続けてここまで来ました。胃の中は空っぽだけど、もはやそんな状況に慣れてきていました。これほどまでの眠気に襲われたこともあまりなく、夜間は強い方なので、今思えば眠気は空腹の影響もあったのかもしれません。

エイドのスープの味すら気持ち悪くて吐き気がするので、お湯をもらってごはんを浸しました。味のないお湯ごはんを流し込み、吐き気を我慢しながら細いベンチに横になりました。仮眠する場所はあるけれど、完全に寝ると起きられる自信がありません。脚を小さく折りたたんでバランスよく身体を乗せる。5分後に携帯のアラームをかけて目を閉じる。周りが騒がしく、隣に人が座ってベンチが揺れたりして、あっという間に5分。もう一度5分後にアラームをかけ、合計10分仮眠をしました。レース中に仮眠をしたのはこれが初めてでした。寝ている間にもどんどんレースは進んでいることになんとなく納得がいかなくて、悔しさに心臓がドクドク脈を打って、喉の奥がギュッと詰まりました。エイドを出る頃には雨はいつの間にか止んでいました。

02:07。30分滞在し、ボトルに角砂糖を3つも入れたレモンティーをいっぱいにして、貯金20分残してエイドを出発しました。走ると胃が揺れてさっき流し込んだ米を吐き出しそう。喉元をギュッと手で押さえて吐かないように我慢しました。吐かずにいれば、エネルギーになってくれる。とにかくわずかな補給を吐き戻さないことが重要でした。

しばらくの間は眠気もなく快調に走りました。2日目の午後からこの時間まで、日射病と眠気でほぼ走れておらず、脚はどこも痛くない。心配していた肉離れも問題ない。靴擦れもないし腰痛もない。これはここから調子が上がるかもしれない。後半になって緩い下りすらもトボトボ歩く選手達を横目にワクワクながら走りました。私の前には70歳近い白髪の男性がいて、若い人の歩きと変わらないスピードで黙々と走っていました。決して速くないけれど、まったく歩かない。叫んだり唸ったりする周りにも動じず、ただまっすぐ前を見て、綺麗な姿勢で小さな歩幅でリズムを刻み続けています。UTMBを完走するおじいちゃんおばあちゃんの強さを見た気がしました。

最後の3つの山のひとつ目、La Giete。登りにさしかかったところでまた眠気がやってきました。暗くてよく見えないけれど右側が切れ落ちています。足場も悪く、こんなところでフラついたら滑落しかねない。山側のトレイルの隅にしゃがみ込み、膝の上にiphoneを置いて3分アラームをかけて頭をうずめて目を閉じました。1分ほどするとそわそわして眠れず、再出発。たった1分でもずいぶん目が冴えました。しばらくしてまたどうしようもなく眠くなるとおなじようにしゃがんで1分のアラーム。今度は30秒で目が覚めて再出発。そこから30秒仮眠を2回くらいしたように思います。稜線の遥か遠くまで続いていたヘッドライトの筋に近づいて、ひとつ目の山を攻略しました。

La Gieteはチェックポイントのみのはずだったけれど、温かいものが少しだけ用意されていて、レモンティーだけが命綱の私にはものすごく助かりました。前のエイドで食べたおにぎり半分くらいのお湯ごはんが消化したのかやっとエネルギーが沸いてきて、さぁ走るぞと思ったら今度はトレイルがグチャグチャ。夜に降った雨のおかげで田んぼ状態。しかもそんな悪路の最中にヘッドライトPetzl naoが突然消えました。すでに予備バッテリーも使ってしまっていて、電池を入れてみたけれどなぜか点かない。仕方なく光量の少ない予備ライトに変えて、目を凝らしながらマッドでスリッピーなトレイルを走らなければならないことになりました。シューズが埋まり、泥ののった岩に脚を滑らせて転んだりしながら、できるだけ軽快に走る選手の後ろについたりしているうちに空が薄明るくなり、森の切れ間から次のエイドがある街、Trientが見えました。脚が残っているだけに、この下りは想定区間タイムよりも巻いて到着しました。
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太陽の力というのはすごいものです。140km地点、Trientに着いたのは朝7時前。すっかり明るくなっていてあんなにも苦しんだ眠気はどこかへ消え去り、吐き気も少し収まってきました。1日ぶりに味のあるものを食べる気になって、偶然居合わせた知人に豚汁をもらってそこへおにぎりを半分入れて食べました。貯金は1時間。完走が見えてきた。もう大丈夫だろう。たまらなく嬉しくなり、みるみるパワーが沸いてきました。
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残る山はあと2つ。歩き出すとやはり吐き気がして、また喉元を掴んで押さえ、吐かないように我慢しながら登りに取り付きました。ボリュームゾーン後半で約2時間かかる登り。5.3kmで730m上昇。今なら元気だから1時間半くらいで登れるかもと思ってハイペースで登り、50人近く抜きました。思った以上に長くて途中でバテて10分程度だけ短縮にとどまりました。
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登りで脚を使ったことで、下りは休み休みになり、せっかく増やした10分の貯金は綺麗に使い切りました。下りの途中で腰かけてレモンティーを飲んでいると、隣に座って一緒に朝のティータイムに参加してくれる選手がいました。下りをワーキャー言いながら一緒に走ってくれる選手もいました。最後のエイド、150.9km地点Vallorcineに着く手前のロードで『You are finisher!』と叫びながら応援しえている人もいました。それはちょっと、気が早いかな。
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10:20、Vallorcine。貯金は約1時間。この時間帯のエイドは悲壮感よりも安堵感に包まれているような感じがしました。残るはひと山。もう完走できるだろう、旅が終わるんだ、フィニッシュゲートをくぐることができるんだ。どこかしら満足気な顔をしています。ゴール地点で映像を撮るためにGO PROのバッテリーとカードを入れ替えて、ショルダーハーネスに装着。粉末のたまごスープに最後に残ったほんの一握りの米を入れて最後のエネルギーにしました。78.8km地点。Courmayeurからここまで、おにぎり3つとお砂糖たっぷりレモンティーだけで動いていたことになります。たっぷり蓄えた脂肪?もたまには役に立つようで、最後まで胃は復活しなかったけれどわずかなエネルギーと脂肪と気力で乗り切ることができました。

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夜間に突然大量のジェルを預かってくれた方。ゴールで待ってますよ! と応援してくれました。

Vallorcineから次の山までの林道区間で仲良しの2人組としばらく話ながら歩きました。彼らはフランス出身で、私のゼッケンに記された『Emma』という名前に不思議がって声をかけてきたのがきっかけでした。なぜなら『Emma』というのはフランスに多い定番の名前で、日本人の顔をしているのにフランスの名前だから気になったのでしょう。日本の大会でいかにも濃い欧米系の顔で花子という名前の選手が走っていたら、確かに私も思わず声をかけるかもしれません。発音の難しい日本の名前とは違って、一目で読めて呼びやすいからかレース中どこに行っても名前で応援されました。この時ほど自分の名前に感謝したことはありません。英語で『何故Emmaという名前なのか』と尋ねられました。それから、UTMBは初めてか、富士山は登ったことがあるか、2年後くらいに日本のUTMFに出てみたい、今年はグザビエが出るんだよ、彼はヒーローだよ、などと盛り上がり、登り基調の林道がすごく楽しいものになりました。選手同士の交流を楽しみにしていたのに、散々潰れてしまったおかげであまり交流できなかった。最後の最後で海外レースの醍醐味を味わうことができました。
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Col des Montetsというポイントから、最後の山への登りが始まります。トレイルヘッドに1リットルのペットボトルがたくさん置いてあったのだけれど、1.5リットル近く水を持っていた私はその横を通過。周りの選手もほとんど目を向けていませんでした。あれをあと500mlでも持っていれば・・・。最後の山Tete aux ventsまでの登りは岩混じりの九十九折れの急登です。これぞ急登!というくらいの急登でした。しかしレース前に車で通りかかり、その光景を眺めていたので覚悟はできていました。
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どちらかというと得意なタイプの登り。行列から置いていなれないように足を進めました。問題は3日目もやはり『暑さ』です。30度を超え、おそらくまた40度近い暑さの中日陰もなく、常に水を含んだ布などで身体を冷やしていないと簡単に日射病になりそうです。2度目の日射病は勘弁、とザックに入れた予備の水を少しずつ頭や首元にかけながら登りました。1時間半ほどで着くと思っていたのです。それが、登っても登っても先が見えず、後ろの日本人が「もう水がヤバい・・・」と嘆いていて、かぶり用の水をわけてあげました。その時点でボトルには700mlくらいあったと思うのですが、山頂に着く前についには水が尽きました。
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ところが山頂だと思った場所はまだまだ手前で、そこから長い長いアップダウンを繰り返し、登り始めて1時間半が過ぎても山頂のテントや人影すら見えません。岩の凹みに薄っすら溜まった雨のあとの泥水にアームウォーマーを浸し、首や腕を冷やしました。何人もの選手に抜かれ、水がほぼ底を尽きてから20分ほどしてやっと山頂に辿り着きました。500mlのペットボトルをスタッフ配っているのが見えて、助かった!と思ったら、私の数人前から水が足りないと感じたのか、ボトルに200mlしか入れてもらえず、次のチェックポイントLa Flegereまでの3.6kmを200mlで乗り切らなければならなくなりました。でも、ウォーターエイドではない場所だったので、恵んでもらえたわずか200mlでも貴重な水でした。

この時13:39。最後の関門は3.6km先のLa Flegereに14:45。足切りまで1時間しかありません。トレイルの3.6kmを1時間。Tete aux ventsはハイカーに人気の山でちょうどお昼の時間帯で登りも下りも大混雑。岩とザレが滑りやすく足場の悪い下りで、すれ違いにも時間がかかるのです。あれ?最後の関門で引っかかるなんてことあるの?

周りの選手はのんびり座り込んだり話ながら歩いたりしていて急ぐ様子もない。例えば前を歩く女性のように20分/kmくらいで止まらずに歩いたとしても72分、タイムオーバーです。ええ!こんなに最後まで関門が厳しいの? クールマイユールを越えれば歩いてでも完走できるんじゃなかったっけ? 最後までハラハラする展開に冷や汗をかきつつも楽しくなってきました。のんびり歩く選手に声をかけて次々と抜き去り、情けないことに結構有り余っている力をここに来てやっと使って14:27分に最終関門を突破。関門までわずか15分でした。

まだまだ自分の知らない自分が"山ほど"潜んでいる

他国の選手で地図や高低図を持っていない人も多く、エイドの度に貼り出されている掲示を見て『今何km地点? 次まで何km? 関門は何時?』とスタッフに聞いている姿をたくさん見かけました。だから、どんなにギリギリの場面で私が物凄く焦っていても、周りにあまり危機感は感じなないのが不思議でした。ピークからの3.6kmは案の定走りにくく、団体ハイカーさんとのすれ違いもあって走ったわりには時間がかかりました。取り付きですでにバテて岩陰に寝ていたあの彼、山頂で座っていたあの彼や足を引きずってゆっくり歩いていたあの彼女は果たして関門に間に合ったのでしょうか。

仲良し2人組の1人が私を見つけて頭を撫でてくれました。背が低いので子供だと思われているのかもしれません。固い握手を交わし、最後の7.2kmに取り掛かりました。制限時間は46時間半。16:30まであと2時間。もうあとは全部下りなのだから、多少トレイルが歩きにくくても早歩きで完走できる。けれど"せっかくだから"力を使い切ってフィニッシュしたいと思い始めました。よし、45時間台に入ろう。最後の目標をそう決めて、走れるところは自分なりに一生懸命走って、スキー場の下り、根っこのあるトレイル、長い砂利の林道を駆け下りました。
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脚の故障はなかったけれど、最後のひと山で水を切らしたことが影響して身体がどんどんむくみ始め、ついには足の裏まで膨らんだような感覚になりました。膝がむくみで曲がらず、足を着くたび風船のような足裏が痛い。なんだかよくわからないヘンテコな走り方になっても、シャモニーの街を目指しました。林道の終盤では逆走して選手を応援にしていた奥宮さんに会えて、もうひと踏ん張り。
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林道から街に出ると、仲間が迎えに来てくれていました。私のライブアップデートを何度もチェックしてくれていたから、下りてくるタイミングがわかったということでしょう。みんな心配して待っていてくれた。一言目に『エマちゃんむくみすごいね(笑)』と言われ、ちゃんと水を摂ってスッキリした顔で写真に写ればよかった~なんて後悔しつつ、並走します。視線の先には、遠くでピョンピョン跳ねている母親が見える。そのそばに、友人がひとり、またひとりと見えて、みんなが『おかえり~!』『すごいよ~!』『がんばったね~!』と声を掛けてくれました。胸が熱くなって、体中に何とも言えない感情があふれました。
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暑さにおいてはUTMB史上最も過酷だったと評されるほど、経験豊富な仲間も暑さに苦しめられて、リタイアしていた。きっと体調もまだ優れず、気持ちもつらい中でも、私を迎え、『本当にすごい、本当にすごいよ』と一緒に喜んでくれました。1人、2人、3人、5人、8人。大好きな仲間の笑顔。あ~、よかった。無事に帰ってこれた。たくさんの仲間に囲まれてシャモニーの街の中を味わうように走り、ラッキーなことに会場に来ていた鏑木さんの声援まで受けて(!)、最後の角を曲がると、フィニッシュゲートがそこにありました。
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両手を広げて、飛び込んでおいでと言わんばかりの存在感。
感動するとすぐ泣く、泣き虫の私は、これまでたいてい残り4kmくらいのところからすでに泣き始め、泣きじゃくりながら顔を覆いながらダッシュでフィニッシュするのが恒例行事でした。けれど、なぜか涙が出ない。

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立ち止まり、じっとフィニッシュゲートを見つめ、その光景を目に焼き付けました。安堵感。あぁ、色々あったなぁ。ゆっくりと一歩一歩足を出す。私の中で大歓声が無音になり、時がスローモーションのように流れました。私、UTMBを完走するんだなぁ。これをくぐれば、完走するんだなぁ。パンパンにむくんだ右足で、フィニッシュラインを踏みました。

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随分と時間がかかってしまったけれど、3日間の壮大で贅沢な旅を終えることができました。少しくらいはロードの経験を積んできたのだから、よっぽどのトラブルがなければ完走できるだろうと思っていた私は甘かった。100kmと100マイルは全く違う。日本の山とヨーロッパアルプスは全く違う。TDSとUTMBもまったく違う。いままで経験したことのないことが次々に起きて、退屈する暇もなく、笑えてくるほど楽しませてくれました。もっと冷静にレース運びができ、もっと巻き返したりできるものかと思っていたのに、結局は半分以上走れておらず、胃も復活しないままでした。

こんなにも苦戦するなど思ってもみなかったというのが正直なところです。完走率が30%台だったというのはゴールした後に知り、その過酷な天候の中では『完走』したことだけでも価値があるのだと自分に言い聞かせつつも、もっとあの時こうしていればああしていればと、新たな課題も知ることができました。想定外という言葉があるけれど、これは何度走っても想定などできないのかもしれない。まだまだ自分の知らない自分が"山ほど"潜んでいる。これは私の第一歩にすぎないのだと教えてくれた初めての100マイルでした。

完走できた理由は?
この問いには何と答えていいのかわかりません。昨年TDSを走って山の雰囲気を知っていたこと、アルプス縦走で高度や岩場や長い登りに慣れていたこと、前半で貯金を作ったこと、かなり細かいタイム表と高低図を用意していたこと、ピンチを乗り切る装備を持っていたこと(米、味噌汁、保温ボトル、カイロ、冷感のアームウォーマーなど)、食べられなくなっても脂肪が豊富だったこと(笑)、基本的にポジティブなので潰れてもそれはそれで面白いと思って楽しめたこと。私の持ち得る脳と身体とこれまでの経験を全部全部総動員してもなお、ギリギリでした。なにかこれが決め手というものがあるわけではなく、どれかひとつでも欠けていたら完走できていなかったかもしれません。

でもやっぱり、どうしてもひとつだけと言われたらこう言うしかないですね。

『気持ち』

もうダメだと思ってからの自分。
這ってでもゴールすると決めた自分。
新しい世界が見たかった。

その気持ちが身体を動かしました。体育会系みたいで笑っちゃうけど、根性、またちょっとグレードアップしたかもしれません。次は何に潰されに行こうか。

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