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トップランナー | 『トレラン王国』が応援するリスペクトすべきヒーロー&ヒロインたち

第41回 小原将寿さん

第41回  小原将寿さん

物事を理論立てて組み立てられる人は必ずしも理系頭の人に限られた能力ではないと思われるが、コンピューターの回路が無用な寄り道をしないように、ひとたび目標が定まると無駄がない。相手は人工衛星というシビアな日常の傍ら、息抜きにランニングを始め、トレイルランニングを生涯の楽しみと定めた小原さん。気負いのないところが今風なのだが、バランス感覚のとても優れた大人のランナーだ。

おばら・まさとし

1982年6月8日北海道北見市出身。高校まで白球を追いかけた球児。大学では物理学を専攻し、現在大手重電メーカーで宇宙工学のシステムエンジニアとして勤める。25歳からサンデーランナーとして走り始め、3年前(28歳)に道志村トレイルレースで初トレイルレースを経験。2013期はここまで三浦半島トレイル優勝(2月)、房総トレイル優勝(3月)、UTMF総合15位(4月)、道志村トレイル2位(5月)、サロマ100km一般の部2位(6月)、北丹沢山岳耐久3位(7月)、奥武蔵ウルトラ78km優勝(7月)と毎回上位をキープ、トレイルラン界期待のホープとして邁進中。

[愛用マテリアル]

●シューズ/SALOMONスピードクロス3
●パック/THE NORTH FACEマーティンウイング6
●ウエア/黒い色ならなんでも
*2013年9月現在

北海道の大地で育った少年が追い求めたもの

トレイルランの原点、道志村のレースで今年準優勝。3年目でたどり着いた。【写真提供:オールスポーツコミュニティ】
トレイルランの原点、道志村のレースで今年準優勝。3年目でたどり着いた。【写真提供:オールスポーツコミュニティ】

今年の夏は異常な猛暑続きで、アスファルトを焦がすようなギラギラ太陽はもうお馴染み。お次はバケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨だ。シャツがすぐにびしょ濡れになるほどミストが充満した神奈川県横浜港。灰色の雲の下でひとときの清涼感を味わうような青年と会った。
つい最近散髪したというスッキリした頭髪を照れ隠しするように、ビーニーをかぶって現れた小原さんは、今年に入りメジャーなレースで幾度も表彰台に上った強者とは思えないくらい細身の体に、笑顔が爽やかな青年だ。

道志村での苦い経験――
高校の新人戦で優勝したメンバーたちと。中央CUPと一緒にいるのが小原さん
高校の新人戦で優勝したメンバーたちと。中央CUPと一緒にいるのが小原さん

小原さんは甲子園を目指した高校球児だった。その外見からして意外なのだが当時は体重70kg(身長175cm)とがっちりした体で、強肩を買われてポジションはキャッチャー。

「父親が野球をやっていたので、小さい頃から野球を始めて高校まで硬式野球を。2年の新人戦は道大会に出場しましたが、3年の夏の道予選はころっと負けてしまいました。それでも野球が楽しくて、大学時代も野球好きの仲間と同好会で活動していました」

根っからの野球少年だった小原さんは、その後マラソンを走り始めトレイルランに出会った。初レースはいまから3年前、神奈川県道志村で開催されたトレイルレース。41.3kmのレースはいまでは中距離の部類にはいるものの、関東ではハセツネ(日本山岳耐久レース)、北丹沢山岳耐久、に次ぐメジャーレースとして名うてのトップランナーが終結していた。

「雑誌『ランナーズ』でトレランの特集をやってまして、これは面白そうだと。
子供の頃、よく親父に山へ山菜採りに連れて行ってもらったことを思い出しました。だから『山は苦手じゃない』。早速直近のレースを探して道志村のレースにエントリーしました。当時すでにマラソンは2時間40分代で走っていたのと、先の湘南マラソンでは参加者1万人中50位。そこで、500人規模の大会ならおそらく10位以内、いや表彰台も夢じゃないとタカをくくったのです。そこで友達に『オレ、3位以内に入るから』って宣言して意気揚々と出かました。結果はまったくもって惨めなものでした(笑)」

湘南マラソンでは上位0.5%に入っていても、トレイルレースにその計算式は当てはまらなかった。まあそれでも初レースを40位代でフィニッシュしたというから、才能の片鱗は見せたのかもしれない。

「まさかこの上りは走らないだろうと思うような坂道を、ガンガンとランナーが走っていく。前半着いて行くのが精いっぱいで、最後は足がボロボロで、ゴールしたら表彰式はすでに終わっていました。これは手強いレースだと…。しかしこのレースで完璧にトレイルランにハマりましたね」

銀のゼオライト構造――
大学時代。バイト先のスタッフと休日にバーベキュー。左のサングラスの方がウワサの師匠
大学時代。バイト先のスタッフと休日にバーベキュー。左のサングラスの方がウワサの師匠

北海道の大地で育った小原少年は、満点に星が輝く夜空をいつまでも眺めていた。あの星空の向こうは一体どうなっているのだろう。流れ星はどこからやって来るのだろう、と。そしていつしか宇宙に興味を持つようになった。

余談だが地方の澄んだ夜空に見られる「天の川」が銀河系そのものなのだそうだ。銀河系の外れに位置する太陽系・地球からその巨大星雲を眺めると、平面状に渦を巻く銀河の断面の一部を真横から見ることになる。それが天の川の正体。あらためて宇宙のスケールに驚かされる。

「高校2年になり将来の進路を考えるにあたり真剣に天文学を学びたいと思いました。ところがこの学問が学べる大学はとても限られていて、僕の偏差値では簡単に入れなかったのです。そこで天文学に関連するであろう物理を専攻することにしました」

富山大学理学部物理学科に入学。しかし、4年間で学んだものは天文学とはいささかかけ離れたものだった。

「卒論のテーマは『銀のゼオライト構造に関する研究』というもので、1時間おきに温度を変えて光の波長の変化を見ているので寝ていられないのです。いつも大学の研究室で地味な実験を繰り返していました」

大学を卒業して地元北見に帰った小原さんは、大学で学んだ学問とまったく関係ない営業の仕事に就いた。

「一人で車を運転して外周りをする生活を1年ほど続けていました。夢と仕事は所詮異なるものだと自分に言い聞かせてやっていました。ただ、どうしても耳にこびりついていた言葉がありました。それは大学時代のバイト先の焼肉屋の店長のひと言です。
卒業も迫ったある日、飲み屋での会話でした。『自分の好きなことをやれよ。オレは大学なんて行ってないけど、大学行っているやつらには絶対に負けないよ』。そのときは『ずいぶん偉そうなこと言うな』と思って聞いてました。でもこれは痛烈なメッセージで、言い換えれば目標を持たない奴は社会に出てもダメだということです。社会に出て解りました。大学で専門知識を学んだところで、将来の夢を描けていない学生達を見て「こいつらには負けない」と思ったのでしょうね。だから僕は我慢しないで、諦めないで自分の夢を追い求める決意をしました。
何年かして、店長は独立して自分の店を持ったと聞きました。こつこつと目標に向かって準備していたのだと思います」

23歳で上京。小原さんは国内有数の重電メーカーに中途採用で転職を果たした。その会社は人工衛星を開発し運用する会社だ。人工衛星が軌道に乗って正確に機能するか、コンピューターをとおして制御する専門性の高い仕事だ。

目標を設定するからこそ達成という喜びがある

毎年灼熱の下で繰り広げられる奥武蔵ウルトラ。得意という登坂力を発揮し初参戦にして優勝。 【写真提供:オールスポーツコミュニティ】
毎年灼熱の下で繰り広げられる奥武蔵ウルトラ。得意という登坂力を発揮し初参戦にして優勝。 【写真提供:オールスポーツコミュニティ】

小原さんはいま横浜で一人暮らしをしている。31歳。仕事も安定して充実した日々のなかで適度に遊ぼうと思えば許される年齢だ。それでも彼が自らに課したディシプリン(規律)は確立されている。平日はどんなに遅く帰宅しても自炊、睡眠時間は5時間と決めている。そして港南台から鎌倉へ通勤ラン。週末は三浦半島や丹沢へトレーニングに走りにでかける。ちなみに昨日は丹沢大山へトレーニングラン。秦野の権現山から大山山頂まで一度も休むことなく駆け上がるというドリルだ。だからこそトップランナーの領域に到達したともいえる。

「もちろん週に一度、日曜の朝はまとめてしっかり寝ますよ。体が悲鳴を上げないようケアはしっかりするようにしています。今日もこれから格闘技をやっている北見の友人が試合に出るので、新宿へ応援観戦に行ってきます」

オンとオフは明確に分けている。平日は雨の日以外毎日通勤ラン、消灯は決まって深夜2時で、5時間睡眠で十分リフレッシュできるというのが驚きだが、シェイプされた体に無駄なエネルギーは必要ないのかもしれない。

9回連続PB更新中――
トレイルランの魅力を心底感じたというUTMF。2度目の2013大会では日本人として6番目にフィニッシュ
トレイルランの魅力を心底感じたというUTMF。2度目の2013大会では日本人として6番目にフィニッシュ

上京して3年目の春、仕事柄不規則な生活パターンに陥っていた。忙しい時期の帰宅は連日11時過ぎ。その頃、社内でマラソンを趣味にする先輩からマラソンの話を聞かされていた。

「勤務先が鎌倉で、毎年すぐ近くで湘南国際マラソンがあるのを知っていました。僕自身走るのは自信があったのです。小学校のマラソン大会では1年から5年まで1位でした。ただ6年生の時、強力なライバルが現れて負けたくないために欠場しました。そんな苦い思い出と決別するために、負けてもいいから走ってみようと思いました。目標は11月に開催される湘南国際マラソン。初めてランシューを買い、行けるところまで行こうということで自宅のある港南台から材木座海岸を往復しました。ボロボロになって家に帰ってみて距離を測ってみたら28kmしかなかった。マラソンを完走するって大変なことなんだと知って、それからは取りつかれたように走り始めました」

初マラソンの湘南国際は3時間15分。前半を飛ばし過ぎてラスト5kmで失速した。明けて3月の荒川市民マラソンで2時間55分。その後10度マラソンに出て、1回の途中棄権を除き9回パーソナルベスト(PB)を更新中だ。ちなみにPBは昨年12月の福岡国際マラソンの2時間37分。
そして、市民ランナーとして着実にステップアップしていく彼の前に立ちはだかったのがトレイルランだ。それは前述したとおり。

「昨年、UTMFに出て22位。25時間40分でフィニッシュしました。後半の天子山脈はとてもきつくて何度も心が折れそうになりましたが、ゴールを果たして本当に面白いと思いました。これは人生をかけて取り組むべきものだと思い、昨年から走り込みをしたことで今年その成果がいろいろなレースで出てきたのだと思います。最初の頃は苦手だった登りも坂も、いまでは一番得意になりました。だから登りでは負けたくない。そしてトレイルランの僕の原点、道志村トレイルレースで今年は2位になれました」

子供のころから汗を流してスポーツに真摯に取り組んできた人は、社会に出てもその記憶を糧にできる。そして自分の力量を把握していれば自己管理が可能だ。目標を達成に変える大切なもの、それは苦痛に耐える根性ではなく、夢を追い続ける根気なのだと思う。生まれながらの才能を持たずともトップランナーへの道は開かれている。小原さんがまさにそれを証明している。

一人合宿――
昨年のサロマウルトラのゴール。サロマのときに北見の実家に里帰りして、じっちゃん、ばっちゃんと一緒にゴールするのが恒例
昨年のサロマウルトラのゴール。サロマのときに北見の実家に里帰りして、じっちゃん、ばっちゃんと一緒にゴールするのが恒例

2度目となる今年のUTMFは総合15位ながら世界から集まった国際級のランナーに混ざり日本人として6番目にフィニッシュした。100マイルを上位で走り切る耐久力も備わった。2月の三浦半島縦断トレイルレースで初優勝、5月の道志村で準優勝、7月の北丹沢で3位入賞と、今年に入りここまで全てのレースで表彰台に立っている。これは本物だ。

「トレイルランを始めてから達成感の喜びというものが分かりました。野球はチームプレー。チームとしての喜びはもちろん大きい。ただトレイルランは個人としてどこまで行けるか。それを試すことができる。それまで夢だったものが目標として追える」

「最近ハマっているのは『一人合宿』。まとめて休暇を取り観光とトレイルランを楽しんでます。先日も奥武蔵ウルトラトレイルの後、大阪までドライブ。昨年は一週間かけて四国を周りました。ことしは関西から信州の旅。午前中は山の麓に車を停めて山を走り、下山後温泉に入って午後は美術館観賞を5セット。旅ではいつも「登山コースガイド」と「全国美術館ガイド」を持っていきます(笑)。実は美術館めぐりがマイブームなんです」

そんな彼には当面ふたつの目標がある。

「ひとつはウルトラマラソンで日本代表になること。今は一般の部ですが日本陸上連盟登録の部で上位入賞を果たしては日本代表として世界大会に出てみたい。今年サロマで7時間半切れたので、現実的な目標として捉えています。それからもう一つはUTMFで10位以内に入ってUTMBに出ることです」

彼なら近い将来きっと達成するに違いない。また一人、トレイルラン界に期待のホープが誕生した。


インタビュー=2013年8月25日

小原将寿さんへの質問

好きな言葉・座右の銘を教えてください

脱力しながら全身全霊
自分の人生のテーマです。

トレラン以外でいま、熱中していることは

美術館巡りと読書と旅などなど。
美術館は瀬戸内が熱いっす!!本はいしいしんじさんが熱いっす!!

あなたにとっての師匠は?

大学時代のバイト先の店長の小林勇貴さん。
人生の師匠であり、恩師です。どんな山よりも越えるのが難しいと思います。

ライバル・良き仲間はいますか?

一度でも一緒に走ったランナーさんは、みなさん仲間だと勝手に思っていますが、
その中でも特にお世話になっているのが、MMナイトランの小澤さんやOSJで知り合った田辺さん、小林さん、長塚さん、そしてバフ先輩。切磋琢磨させていただいております。

自分はどんな人間だと思いますか?

あきらめが悪い。良くも悪くもすぐ忘れる。考えていることの8割がくだらない。甘党。

レースにおいて常に心がけていることは何ですか?

よく見ること。周りの景色も一緒に走るランナーさんも自分自身のことも。
それと、ゴールしたら温泉入ってコーヒー牛乳飲もうって、ずっと思っています!(笑)

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