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トップランナー | 『トレラン王国』が応援するリスペクトすべきヒーロー&ヒロインたち

第42回 今泉奈緒美さん

第42回 今泉奈緒美さん

まさに天真爛漫を絵に描いたような女性だ。トレラン界の元気印代表として、いつも笑いが絶えない、何事にも前向き。そしてとにかく常に動き回っていないとダメ。トライアスロンの第一線からトレイルランナーに鳴り物入りで転向してから5年。一時期トレイルから遠ざかっていたが、今年再びトレイルレースシーンに戻って来た。この度は静かに、しかし強力な旋風を巻き起こしている。今後の活動が楽しみなスーパー女子だ。

いまいずみ・なおみ

1983年5月23日神奈川県横浜市出身。高校までテニスコートを駆けたテニスプレーヤー。名門柳川高校で全国制覇を果たし、卒業後トライアスロンに専念。2005年全日本宮古島トライアスロン大会、アイアンマンコリア優勝、07・08年アイアンマンジャパン優勝。08年アイアンマン世界選手権(ハワイコナ)16位を最後にトライアスロンの第一線から引退。09年よりトレイルレースに本格参戦しOSJ奥久慈優勝を皮切りに、数々のレースで入賞。3年のブランクを経て、今年は野沢温泉4100D、信越五岳110K、斑尾ファレストトレイルなどメジャーレースで圧倒的な強さを見せている。

[愛用マテリアル]

●シューズ/montrail バハダ
●パック/ULTRASPIRE
●ウエア/特に限定せず
*2013年12月現在

好奇心旺盛なスポーツ少女はやがて世界の舞台へ

2005年全日本宮古島トライアスロンで優勝。名実ともに国内トップに君臨していた頃
2005年全日本宮古島トライアスロンで優勝。名実ともに国内トップに君臨していた頃

バレエ、ジャズダンス、水泳、体操、お習字、ソロバン、ヨット。ここまでは小学校低学年。上級学年になり合気道、ボクシング、テニス。もうおわかりだろう、今回の主人公が子供のころに取り組んだ御稽古事の数々。三つ四つは驚かないが、その数実に10。小学校6年間、月曜から土曜日まで奈緒美さんのカレンダーは帰宅してから夜までスケジュールがびっしりだった。しかも運動が大好きなこの少女はどんなスポーツがそつなくものにしてしまう。だから次はあれもやってみたいとなる。そのまま続けていれば水泳や体操の選手になっていたかもしれない。しかし彼女の好奇心は新たなスポーツに向けられた。そこには良きアドバイザーがいた。

「私の両親は自営業で二人とも働いていたから、小さい頃から保育所代わりにいろんなお稽古事をしていたんですよね。私は好き嫌いがはっきりしているから、好きな事はとことんやるけど、嫌いな事は続かないんですね。多分そんな私を見ていて母は、『ナオちゃん、これはどう?』って、いろんなおけいこ事を教えてくれた。子供の時から色々なことにチャレンジさせてくれた母に感謝しています」。

さんざんやらかしたスポーツの日々。奈緒美さんがこれぞと決めたスポーツがあった。それはテニスだ。小学校5年から集中して取り組み、中学は地元クラブチームに入りめきめきと腕を上げていった。

オールナイト――
全国高校選抜で日本一に。優勝旗を持つのが今泉さん
全国高校選抜で日本一に。優勝旗を持つのが今泉さん

中学3年の冬、福岡行の飛行機に奈緒美さんは一人乗っていた。目的はテニスクラブのコーチが出身の柳川高校に見学に行くため。

「これも母親の影響。『ひとりで見学に行ってきなさい』で始まりました。柳川高校? テニスが強い高校ということくらいは知っていましたが、どんな学校か全く皆無。ひとりで福岡から電車に乗って学校と寮の見学に行ってきました」

柳川高校は九州地区No.1のテニス強豪校でインターハイ(高校総体)、春の全国選抜高校大会入賞の常連校。当然、部活はとても厳しい。4月、奈緒美さんは家族と離れて九州柳川へ旅立った。

「強豪のスポーツ部の生徒は全国から集まってくることもあり、全員寮生活になります。学校も生活もいつも部員と一緒で、それだけに絆も強くていまでも大切な友達です。練習はお盆の1週間と正月の帰省以外は毎日。夏休みも春休みも学校に残って練習、もちろん土日も練習です。
平日は午後まで授業があるので、その後の部活なのですが、土日朝から夜まで練習なのでむしろ平日の方がよかった。雨が降るとテニスができないので、寮待機になるので何かにつけ教室から空を眺めていた。でも柳川って雨が降らないんですよ(笑)」

ちなみに、ある1日のタイムスケジュールを紹介すると。
6:00~7:30 自主練。おもにコートでサーブ錬、ペアで球出し
8:30~15:30 学校で授業
15:30~20:00 学校で部活
21:30 点呼までの間ランニング
22:30 消燈
この合間に食事をしたり、お風呂に入ったりする。
さらにエピソードは続く。

「10時半になると消灯で、全館一斉にブレーカーが落ちるのですが、試験一週間前になるとオールナイトというのがあって、部屋のコンセントだけが使えるんです。せっかく電気が点くから、そこでライトを灯して皆で深夜まで集中して勉強すると思いきや、カンペを作ってあとは大騒ぎ。試験前だけは夜、時間を気にせず過ごせましたね。まぁ、すぐ寝ちゃうんですけどね(笑)。
社会とは遮断された3年間でしたが、でもあの3年間で『諦めないこと』『時間の使い方』『礼儀』を学びました。だから自分の人生の中でとても貴重な3年間だったと思います」

その成果は花開き、2年生の春、全国選抜高校大会(平成13年)で史上初の男女アベック団体優勝という快挙を成し遂げた。

アイアンマン世界選手権――
ハワイで毎年10月に開催されるアイアンマン世界選手権。16位まで上り詰めた
ハワイで毎年10月に開催されるアイアンマン世界選手権。16位まで上り詰めた

高校2年の夏休み、一週間の帰省休暇。このスポーツをやったら強い選手になれると思って始めたのがトライアスロン。帰省中川崎にあるトライアスロンスクールに体験入学し自宅から毎日自転車で通った。

「3年になり、春の選抜でも活躍したので監督から2週間の夏休みをもらいました。そして、翌日からトライアスロンクラブへ直行。そこでリサ(・ステッグマイヤー)と出会いました。彼女はモデルやタレントして活躍していましたが、トライアスロンを頑張っていて、その後国際大会でも活躍するんですけど、とても私を可愛がってくれて意気投合しました。それからトライアスロンに気持ちが一気に加速。高校に戻ってもいつもトライアスロンのことを考えていました」

高校を卒業し日体大に進学しトライアスロン部に入部、インカレ(大学選手権)で新人賞に輝いた。しかしその年の暮れに退部。

「入部してから毎日、自転車で朝5時に家を出て、川崎のクラブで泳いでから青葉台の大学で授業、午後に世田谷深沢の校舎でまた泳いで、横浜の自宅に戻るのが夜8時でした。毎日自転車で80km以上走りました。12月のある日、たまたま寝坊してクラブでの朝練習に出られなかった。トライアスロンするのに学校に通うのは、お金も時間ももったいないよねと母親に話したら、『やめたら』と一言。大学を辞めてトライアスロンに専念することにしました」

2004年5月、21歳で『アイアンマンJAPAN長崎大会』に出場、目標はアイアンマンの聖地ハワイ島コナで毎年10月に開催される『アイアンマン世界選手権(World Championship)』に出場すること。アイアンマンレースとはスイム3.8km、バイク180km、ラン42.195kmの合計226kmで競う、文字どおり鉄人レース。ちなみにオリンピックのトライアスロン種目はオリンピックディスタンスと呼ばれスイム1.5km、バイク40km、ラン10kmで行われる。

今泉さんは強豪ひしめくプロカテゴリーで出場し、スイム、バイクが終わった時点で2位、ところがランで次々と後続に抜かれてプロの中でビリになった。ちゃんと練習すればプロとしても強くなれるなと実感し、良い練習環境を求めて福岡県宗像市に引っ越しトレーニングを開始。8月の『アイアンマンコリア』(チェジュ島)で3位に入賞。ハワイのアイアンマンワールドチャンピオンシップの出場権をゲット、初めての世界大会は19位という成績に終わった。もちろん挑戦は始まったばかり。国内のトップトライアスリートとして奈緒美さんは壁をひとつひとつ越えていった。
2005年は初出場の『全日本宮古島トライアスロン大会』と『アイアンマンコリア』で優勝。名実ともに日本女子No.1に上りつめた。2007年・2008年も『アイアンマンJAPAN』のタイトルを連取し満を持して10月、ハワイの世界選手権に出場したが16位。ハワイではなぜかいいレースができなかった。この年のオフ、今泉さんはトライアスロンにひとつのけじめをつけた。

She is real sports woman.

今年の信越五岳では男子エリートも顔負けの12時間45分のコースレコードで女子優勝(写真提供=信越五岳110K実行委員会)
今年の信越五岳では男子エリートも顔負けの12時間45分のコースレコードで女子優勝(写真提供=信越五岳110K実行委員会)

2009年3月、ブログでトライアスロンからトレイルラン競技への転向を宣言。第一線で活躍するアスリートの突然の発表に関係者は驚く。

「それまでお世話になっていたコーチに事情があって見てもらえなくなったまことが大きな理由です。いままで色々な方々に助けていただいてここまでやってきた自分にとり、一人で成長していく自信がなかったのかもしれない。だからもう続けられないと思った」

転向後、5月OSJ奥久慈トレイルレースに参戦してあっさり優勝。この奥久慈はとてもタフなトレイルレースとして知られていて男子のエリートランナーもひるむコースなのだが、アイアンマンの日本チャンピオンとしてのレベルを見せつけた。
初夏にはさらなる結果を求めコロラドのボルダーにでかけて高地トレーニングも積んだ。現地参戦した『レッドビル50mile』、『志賀高原トレイルレース』で優勝、初のウルトラトレイルとなる『おんたけウルトラトレイル100km』も準優勝と破竹の気負いで進撃したが、10月、鳴り物入りで出場したその年の第17回ハセツネCUP(『日本山岳耐久レース』)で張りつめた糸がプツンと切れた。
第2関門までダントツのトップをキープしていたが、御前山の途中で突然歩みを止めてしまった。実は彼女は過去のプロトライアスリートと現在進行形のトレイルランナーとの狭間でもがいていたのだ。

「トライアスロンから離れてちょうど半年が経過していましたが、トライアスロンを辞めてから心にぽっかり穴が空いてしまったままで、トレイルランで埋めることができなかったのです。その辛い気持ちがあの日バーンとでちゃって、何でこんな辛いことやっているのだろうと思って、その場で気持ちが切れました。もうトレイルレースはいやだと思いました」

翌年春、トライアスロンのクラブチーム『湘南ベルマーレ』に加入し、ハセツネ30に久しぶりに元気な顔を見せた彼女はあっさり女子優勝をさらっていったが、それは思わせぶりだったのか、以後3年、国内のトレイルレースシーンから姿を消してしまう。

泥んこレース――
2012年夏、トランスカレドニアンヌでトレイルレースの新鮮な喜びを体験
2012年夏、トランスカレドニアンヌでトレイルレースの新鮮な喜びを体験

2012年7月、トレラン王国も招待された南太平洋のニューカレドニア島のトレイルレース『トランスカレドニアンヌ』で奈緒美さんと再開した。
このレースは3人ペアで1チームのチーム戦。3人一組になって、メンバーが助け合いながらゴールを目指す。ミックス(男女混合)のカテゴリーに横山峰弘氏、山室忠氏というトレイルランの国内トップ男子とチームを組んで出場。雨上がりのジャングルの道なき道は過酷を極めた。ときには男子にお尻を押してもらって坂道を登り、川を腰まで浸かりながら渡った。

2日間のステージレース、宿泊はジャングルの村でキャンプという野趣あふれる大会はアドベンチャーレースそのもので、周りはスタッフも選手も外人ばかり、食事は配給、水しか出ないシャワーで汗を流し、泥まみれになったまま乾かないシューズで2日目のレースに挑む。ところがこの女性はそんな環境をものともしない。レースを楽しむその横顔はあの年の秋、ハセツネのフィニッシュエリアで見た顔とは対照的だった。おそらく彼女は泥んこ遊びが大好きなのだが、こうゆう選手が海外のレースでも物おじせず実力を発揮する、と直感した。

信越五岳大会レコード――
今年9月の斑尾フォレストトレイル。レースに勝つことよりもトレイルランそのものが心地よい
今年9月の斑尾フォレストトレイル。レースに勝つことよりもトレイルランそのものが心地よい

2013年シーズン、トレイルレースシーンに今泉奈緒美が本格的に戻ってきた。
『野沢温泉4100D』、『信越五岳110K』、『斑尾フォレストトレイル』とメジャーレースで実力を遺憾なく発揮。女子のレコードを次々と塗り替えていった。

「トライアスロンをやっていた頃、周りのファンから『今泉さんの姿を見て勇気をもらいました』という手紙をよくもらいましたが、若いときはその意味がよく分からなかった。レースから遠ざかって頃、フェイスブックで知り合った方と毎日のように山下公園を走るようになったのですけど、彼が一生懸命にさまざまな事に取り組む姿を見て、人は努力して一歩一歩前進していくものだということが分かりました。そして自分も頑張りたいと思いました。
以前は勝つことばかり考えて走っていました。だから楽しくなかった。でも今は初心者の気持ちになってまた一からスタートしたいと思いました。走ることが楽しくなったのです」

しかしながら昔の杵柄というか、その持久力は男子も顔負け。テニス、そしてトライアスロンで養ったねばりは強靭で、耐久レースになるほどその強さが発揮される。

「トライアスロンの3種目の中でもランがいちばん好きでした。特に登りは得意で、上りで男子を抜き返すのが楽しい」

信越五岳では男子も含めて総合14位、2010年にクリッシー・モールがだした13時間31分を45分上回る12時間45分21秒という驚異的なタイムで女子の大会レコードを更新。このタイムは本人以外当分破られることはなさそうだ。
トライアスロン選手時代から遠征を繰り返していたこともあり、一人で海外に飛び立つことに支障はない。その視線はすでに海外に向いている。取材の前日もUTMB2014のクオリファイレースに指定されているフィリピン・ミンダナオ島で開催された50mail(80km)レース『CM50』から帰国したばかり。コースマーカーが分かりにくい密林の中で30分以上ロストしながらコースレコード(10時間46分58秒)で優勝。ちなみに男子優勝者は地元の選手だったがその差は22分しかなかった。
トレイルランにおいてこれまで海外の大きなレースで入賞圏内に入る日本人女子はイメージできなかったが、可能性があるとすると彼女が最右翼なのかもしれない。

「来年はUTMBかCCCに出てみたい。春はIZUトレイルジャーニーにエントリーしてるけど、その後はまだ決めていません。この冬の間にエントリーできる海外のレースで面白そうなレースないですかね?」

今泉奈緒美という女性のここまでの濃密な人生。それは各年代においてトップアスリートとしての日々。しかし彼女が振り返るそのストーリーは、すべて目標へ向けて走り続けていた良き思い出だ。その訳は「すべからくスポーツは楽しいもの」という揺るがぬ基盤。目標の先に素晴らしい感動が待っていることを知っているから繰り返しチャレンジしたくなるのだ。彼女はアスリートである以前にsports womanなのだと思った。そしてトレイルランナーとして再スタートを切った。


インタビュー=2013年11月28日

今泉奈緒美さんへの質問

好きな言葉・座右の銘を教えてください

「継続は力なり」と「塵も積もれば山となる」です。

トレラン以外でいま、熱中していることは

家具選びなど部屋を自分好みにすることです。

あなたにとっての師匠は?

宮塚英也さんです。 宮塚さんがいたから今の自分があると思っています。
*日本トライアスロン界の第一人者(編集部注)

ライバル・良き仲間はいますか?

酒井(塩野)絵美さんです。トライアスロン時代の親友でありライバルです。トライアスロンを離れた今でも、一緒に練習してもらうこともあります。

自分はどんな人間だと思いますか?

正直な人間だと思います。やりたいことはやる。人生後悔はしたくないので、自分に素直に実行します。

レースにおいて常に心がけていることは何ですか?

最後まであきらめない事です。

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