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トップランナー | 『トレラン王国』が応援するリスペクトすべきヒーロー&ヒロインたち

第43回 東 徹さん

第43回 東 徹さん

2013年のハセツネ(日本山岳耐久レース)の頂上戦に変革が起こった。トップ10の上位4位を初参加のニューフェイスが占めたのだ。その中でも一段上をゆく走力でCUPを手にしたのは広島から参戦した市民ランナー東 徹さん。19歳でマラソンに挑戦してから20年走り続けてきた。数々の国際級レースでタイムという絶対的な壁と闘い続けてきた経験値はロード、トレイルというサーフェスを選ばない。ハセツネの覇者の素顔とは。

東 徹(ひがし・とおる)

1975年9月29日広島県三原市出身。三原市市職員。大和走友会に所属しロードレース(マラソン)を中心に活動。トレイルレースは2010年の菅平スカイライントレイルランレース40kmの部で優勝。今回初参戦したハセツネCUPでは、昨年ダコタ・ジョーンズが記録した大会レコードを塗り替え7時間19分13秒という驚異的なタイムで初優勝を飾る。西日本地域でのトレイルランの普及のため地元広島県で三原・白竜湖トレイルランレースのコースディレクターを務める。マラソンPBは2時間19分12秒 (09年福岡国際マラソン)。

[愛用マテリアル]

●シューズ/asics ターサージール
●パック/ウルトラスパイア スプレイ
●ウエア/asics
*2014年2月現在

青春を燃やした中高陸上部。そしてマラソンランナーへの道

初参戦とは思えないレース運びには余裕すら感じた。昨年の日本山岳耐久レース月夜見第2関門
初参戦とは思えないレース運びには余裕すら感じた。昨年の日本山岳耐久レース月夜見第2関門

広島県三原は小早川氏が城を築いた城下町で、JR三原駅に隣接する城跡はかつて小島を繋いで造られた海城であったといい「浮城」の異名をもつ。現代、港湾エリアには電気、化学、印刷関連の工場が立ち並び、市の基幹産業になっている。駅から10分も歩けば瀬戸内の海、背後には丘陵が続き、その向こうには中国山脈が連なる自然豊かな町でもある。市の西側を流れる沼田川の対岸に筆影山という小高い山がある。山頂展望台から望む多島海の美しさは瀬戸内海随一と言われ、市民の山は瀬戸内海国立公園の一部だ。
春の訪れまでまだ少し日を要す2月の休日、東さんを訪ねた。
三原駅で再開した普段着の東さんは、あのハセツネを興奮の坩堝に包んだあの東さんと変わりない。おだやかで言葉を選んでしっかり受け答えする大人だ。撮影の後、ぜひ見てほしい景色があるということでこの展望台に案内してもらった。

「この山にはトレーニングでよく来ます。職場近くに車を停めて車道に沿って上って反対の町に下りて、また上り返して帰ってきます。往復15kmくらいですが、登坂力を鍛えるにはちょうどいいコースなんです」

筆影山の標高は311m、海にほど近い三原市本庁は海抜0m。車で登っていくと山頂までつづら折りの道が延々と続く。ちょうど箱根駅伝5区のような道で、健脚のランナーなら一気に登り切るのだろうが…、なるほど、昨年のハセツネのスタート直後、小和田橋から広徳寺までの上りをトップスピードで駆けあがっていく東さんの姿が思い浮かぶ。

あの日、今熊山、醍醐丸、浅間峠、三頭山、月夜見エイドで取材カメラが東さんを捉えていた。筆者も三頭山を通過する東さんをこの目で見た。その表情のどれもがレースを楽しんでいるかのような余裕を感じさせ、とてもハセツネ初参戦の選手とは思えなかった。プレイバックして改めてその強さが分かるのだ。
その強さの源泉とは…?  今回の取材はその秘密を発見するための旅。

真夏の九州合宿――
大和中3年時、県大会駅伝で優勝。アンカーでテープを切る
大和中3年時、県大会駅伝で優勝。アンカーでテープを切る

連載「トップランナー」の登場者には学生時代に素地が形成された人が多いが、東さんもその一人。東さんは中学時代から走り始めた。東さんの生まれ故郷は三原市街から車で30分ほど内陸に走った大和(だいわ)町。町内の憩いの自然、白竜湖畔には総合スポーツ施設を備えるスポーツの盛んな町だ。

「小学生の頃は地元のスポーツ少年団で野球と剣道をやっていました。走るのは嫌いじゃなくて、少年団の持久走練習ではいつも上位を走っていました。そんな姿を見ていてくれた上級生に誘われて中学生から陸上部に入りました」

広島県は陸上の盛んな県で、高校も全国大会の覇権を争う強豪校が名を連ねる。大和中陸上部にも将来の夢を描く子供たちがたくさんいた。

「大和中時代は県大会の駅伝で優勝することができました。3年の春に疲労骨折して夏まで走れなかったのですが、秋の県大会ではアンカーでゴールテープを切らしてもらいました。嬉しさよりも監督や仲間たちに感謝したい気持ちがいっぱいでした。いま思えばあのレースが人生のターニングポイントだったと思います」

その体験を胸に、東青年は県内の陸上の強豪校、西条農業高校へ進む。広島といえば世羅高校が全国的にも有名だが、西条農業も1959年に世羅に続き広島県勢2校目の全国制覇を果たした名門高。当時,熊野高校とともに県内三強の一角だった。

「世羅高は隣町と家から近かったのですが、父がOBだった西農に進学しました。県立校としては珍しい寮のある学校で、野球部と陸上部は寮も独立していました。いまも400mハードルの高校歴代2位(1991年/50秒01 )の記録を持つ稲垣誠司さんなどが2年先輩にいて刺激を受けました。入学した年(1991年)は野球部が初の夏の甲子園行を決め、「陸上部も続こう!」と士気は上がりました。思い出はやはり夏の九州阿蘇で行なった合宿です。練習量はもちろん、真夏の九州なので気候的にも厳しい合宿なのですが、それよりも吸収できるものが多く楽しみでした。九州の強豪校と合同練習を行いましたが、強い選手と一緒に走ることで意識が高くなります。いつも自分より上の選手を見ていましたね」

3年生になりその成果は結実する。1年時はその後中国電力で活躍する尾方選手を擁する熊野高校、2年時は世羅高校、そして3年の秋、西農は県予選を突破、ついに都大路への切符を手にした。東選手は6区5.0km(全7区間)を担当。この年チームは47校中30位に終わったが、東選手は区間19位(15:18)で順位をひとつ上げ、チームに貢献し卒業した。

目標は市民ランナーのトップ――
自己ベストを記録した2009福岡国際マラソン(兼日本選手権マラソン)では実業団選手に混ざり6位入賞
自己ベストを記録した2009福岡国際マラソン(兼日本選手権マラソン)では実業団選手に混ざり6位入賞

翌年春、国立宮崎大学農学部に進学。陸上の強豪校に進みたい気持ちは強かったが東さんは兄弟5人の長男、経済的な理由から勉学の道を志す。一人暮らしの学生生活の日課のひとつは長年続けてきたランニング。陸上部には所属していたものの目標意識も低いランニングサークルでの日々。そんな中、住まいからすぐの会場で行われた『青島太平洋マラソン』に出場して2位(2時間25分36秒)になり、宮崎で活動する実業団選手と知り合うことになる。

「たまたま沖電気宮崎の女子チーム(全日本実業団女子駅伝1996年、97年、99年優勝)の皆さんと朝練で一緒に走る機会に恵まれ、川上優子さん(当時女子1万メートルの記録保持者)も所属する女子のトップチームと走らせてもらいました。そのお陰で長い距離を走るスタミナが付き一気にマラソンにのめり込みました」

以来20年、フルを走る事、実に64回(昨年末まで)。福岡国際マラソンは19年連続出場。感心するのは一度も棄権がないこと、その内8割のレースで20分台という安定感。直近の昨年12月の福岡国際でも2時間22分46秒(24位)という成績。パーソナルベストは2009年の同じく福岡国際で出した2時間19分12秒。奇遇にも長男朝日くんがこの日に誕生。神様から祝福のプレゼントか。

東さんはマラソンを走り始めてから20年、1秒2秒を削り出すように自己と闘い続けてきた。敬服すべきことは彼が実業団ランナーではなく地元のランニングクラブ『大和走友会』で走る市民ランナーであるということ。つまり普通に仕事をこなしながら個人で練習を続けながらこのレベルを維持しているのだが、それがいかに大変なことかは、読者の皆さんならお分かりだろう。今年39歳、目標は市民ランナーのトップと本人が設定する17分台。まだまだ挑戦は続く。
ちなみに「市民ランナーの星」と呼ばれるあの川内選手も市民ランナーとしてマラソンを始め、2011年の東京マラソンで初めて2時間10分(通称「サブテン」と呼ばれるトップランナーの領域)を切って世界陸上の切符をつかんだ。実業団ですら10分台の選手がひしめく中で、川内選手を頂点に、日本には凄い市民ランナーがたくさんいるのだ。そして東さんもまた広島県三原市の職員として、農地の保全と農業の振興の仕事に従事している。

トレイルランとの出会い。富士山で鍛えたパワー

東日本のトレイルランナーにインパクトを与えた2010菅平スカイライントレイルレース
東日本のトレイルランナーにインパクトを与えた2010菅平スカイライントレイルレース

2010年9月、長野県菅平で開催された第3回菅平スカイライントレイルレース40km菅平ラウンドは大会史上のデッドヒートだった。優勝は東徹4時間16分44秒、2位はスパートをかけた半田佑之介4時間16分46秒。東日本ではその名が浸透していない東選手の台頭は取材陣の間で驚きだった。こんな凄い選手が広島にいたのか―。
実はこのレースが2回目の本格的トレイルレース。その年の5月、徳島で開催された第1回剣山トレイルレース(50km)に初参戦し優勝。この9月の菅平に照準を定めた前哨戦だった。目標は優勝の副賞、スイスダボスマラソンの出場招待。

トレイルランナーの原点はそれまで8度出場してきた富士登山駅伝。東さんのパートは主に上りの5区と下りの7区、二合七勺から七合五勺まで標高差約1000mの最もきつい区間。ここで、マラソンで鍛えた持久力と登りの筋力が合体した。

富士登山駅伝優勝――
2007年夏、富士登山駅伝一般の部優勝。チームメイトと歓喜の図
2007年夏、富士登山駅伝一般の部優勝。チームメイトと歓喜の図

2002年夏、故郷三原でマラソンランナーとして活動を続けていた頃、大学の先輩の紹介でGGRC熊本(GG=合志技研 )のランナーと出会う。

「熊本の企業のランニングクラブに参加されている方で、富士登山駅伝に毎年参加されているチームメンバーでした。夏はロードのオフシーズンでいいトレーニングにもなるし、登りは得意ということもあり新たなチャレンジが始まりました」

翌年8月、GGRC熊本の6名のメンバーの一人として富士登山駅伝(一般の部)に参加。11年の東日本大震災の年を除き10大会連続で出場してきた。2007年大会には前年度ぶっちぎりで優勝した強豪群馬県山岳連盟(鏑木毅、松本大、横山忠男が中心メンバー)を破り優勝。その翌08年から11年までの4年は連続準優勝。愛知のトヨタスポーツマンクラブと凌ぎを削った。一方、広島県山岳連盟の関係者から国体の山岳レースに広島県代表として誘いを受ける。国体は2004年から、国体で山岳競技が廃止されるまでの4年間出場し、トレイルラン界を牽引する鏑木、後藤豊(山梨)、望月将悟(静岡)らトップランナーと共に競い合う機会を得た。

「西日本チームの悩みは富士山の試走がなかなかできないことでした。条件は厳しいですが、そこでは国体の有力チームの選手と毎年再会することができました。滝ケ原(自衛隊)の宮原君は自衛隊の部で僕ら一般の部とは部門が異なるのですが、常勝チームのエースとも顔見知りとなり、毎年夏の富士山遠征が楽しみでした」

三原白竜湖トレイルランレース開催――
愛すべき地元、広島県三原。筆影山山頂から瀬戸内の海を望む
愛すべき地元、広島県三原。筆影山山頂から瀬戸内の海を望む

いま東さんは西日本エリアでのトレイルランニングの普及に力を注いでいる。市職員という立場もあるが、地域の活性やスポーツ振興を最前線で考えるスポーツマンの一人だ。

「3年前まで広島ではトレイルレースというものが普及していませんでした。そのころプロになった奥宮くん(奥宮俊祐氏)を通じてイベント開催の誘いが三原市役所にありました。彼のお母さまの故郷は広島なのです。そんなこんなで初めはコースプランの話だけだったのですが、気が付いたら運営の中心メンバーになっていました(笑)。

『三原・白竜湖トレイルランレース』は白竜湖スポーツ村公園をメイン会場にしてキャンプ場や果実の森公園を巡るロング35kmとショート19kmの2コースをつくりました。そんなに大きくないですが滝も2個所あって自慢のトレイルコースです。第3回大会となった昨年は26都府県から830名の参加者があり、お陰様で年々参加者が増えています。この大会開催を契機に呉市で開催されている『瀬戸内アイランドトレイルレース』とスタッフの相互協力を図り互いに盛り上げていきましょうということになり、昨年6月には広島市安佐北区で第1回『可部連山トレイルランinあさきた』が開催され、いよいよ広島もトレイルランニングの盛んな県になりつつあります。
僕自身も冬はマラソン、夏はトレイルと楽しんでいきたいと思います」

図らずもハセツネCUPという中央のビッグレースで優勝することで東さんは全国のトレイルランナーから注目を浴び、小サイトの連載にご登場いただくことになったのだが、ご本人を取材することで、生い立ちや地元での活動の様子が明らかになる。裏を返せばトップランナーはトレラン界の親善大使となり得る。山野を駆けるトレイルランニングは都会と自然を繋ぐ全国区のスポーツ。いままで訪れたことのない土地へ足を運ぶ機会を作ってくれる。
改めて、ロード、トレイルの境を問わない強力なランナーが西日本から名乗りを挙げた。

インタビュー=2014年2月1日

東 徹さんへの質問

好きな言葉・座右の銘を教えてください

疾風に勁草を知る
試練や困難が訪れた時に本当に強い者がわかる

トレラン以外でいま、熱中していることは

・マラソン(笑)
・市民ランナーの発掘

あなたにとっての師匠は?

宮崎祐行(GGRC監督兼選手)
GGRCは熊本県のランニングチームで富士登山駅伝などメンバーの一員として出場させてもらってます。

ライバル・良き仲間はいますか?

藤野浩一、平垣内章久(広島の市民ランナー)とGGRC、大和走友会のメンバー

自分はどんな人間だと思いますか?

負けず嫌い、おおざっぱ

レースにおいて常に心がけていることは何ですか?

・やるという覚悟も持ってレースに挑むこと
・最後まで折れない心を持つこと

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