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トップランナー | 『トレラン王国』が応援するリスペクトすべきヒーロー&ヒロインたち

第44回 上田瑠偉さん

第44回 上田瑠偉さん

30代以降の強豪がひしめくトレイルラン競技の世界において、10代でトレイルランレースの檜舞台に立ち、急速に力をつける超新星がいる。トラックもロードも楽しむことを基本にバランスよく走り続けているから、トレイルを走る喜びもまた大きい。まだ20歳。彼のトレイルランナーとしてのキャリアは助走に過ぎない。ブレイクする上田瑠偉という名前を憶えてほしい。

上田瑠偉(うえだ・るい)

1993年10月3日長野県大町市出身。小~中学と9年間サッカーに嵩じる。サッカーの体力作りのために出場した陸上競技に開眼。中学3年時に出場した全国都道府県対抗男子駅伝に県代表で出場し大会新記録で優勝。陸上中長距離の名門、佐久長聖高校で都大路(全国高校駅伝)を目指す。早稲田大学に進学し陸上競技同好会に所属、トラック競技、マラソン、トレイルレースとオールラウンドにランニングスポーツを継続中。昨年9月、三原白竜湖トレイルレース(広島県)でトレイルレース初参戦にして優勝。10月のハセツネ(日本山岳耐久レース)で6位入賞を飾った弱冠20歳の期待のホープ。

[愛用マテリアル]

●シューズ/montrail
●パック/Mountain Hardwear
●ウエア/Mountain Hardwear
*2014年7月現在

長野県駅伝代表として輝いた少年時代

2013年10月のハセツネに初参戦し7時間45分の快記録達成。強豪と互角に渡り合った
2013年10月のハセツネに初参戦し7時間45分の快記録達成。強豪と互角に渡り合った

上田瑠偉さんが生まれ育った長野県大町市。町のどこからでも北アルプス後立山連峰を見渡すことができる信州北部の小都市だ。この町からアプローチする扇沢は立山アルペンルートの東側の起点となる山岳ターミナル。毎年登山シーズンを迎えると全国から大勢の登山客が大町にやってくる。

少年にとって四方を山に囲まれた自然は不変なものであり、日常の風景に過ぎなかった。これまでこのトップランナーに登場してきた誰もがそうであったように、幼いころから記憶に深く刻み込まれた山の景色、森や土の匂いは、いずれトレイルランナーとして山に戻ってきたとき、彼らのDNAに刻み込まれた野生本能を覚醒させる。都会で生まれ育った者にはこの感覚はない。

上田さんは1993年、Jリーグが発足した年に生まれた。父親が大のスポーツ好き。そのなかでも特にサッカーが好きだった影響から、自然とボールを蹴りだした。ちなみに、「瑠偉」という珍しい名前、当時日本代表として活躍していたラモス瑠偉から命名された。

「小学校に入るとすぐにサッカークラブに入りました。小中と9年間サッカー漬けの毎日でした。でもうちのチームは強くなくて目立った成績はないです。小学校3年の時に、サッカーの体力作りのために地区の陸上競技大会の1000m走に出場し、小6の県大会では3位になりました。でもあのころはサッカーの方が楽しかったから、小学生時代の陸上はサッカーの片手間でした」

佐久長聖陸上部――
普段は早稲田大学の学生。陸上競技同好会で駅伝やトラック5000mを目標に活動中
普段は早稲田大学の学生。陸上競技同好会で駅伝やトラック5000mを目標に活動中

上田少年の健脚は地元では名が知れていた。周囲の期待と共に中学に進級すると、学校では陸上部、クラブチームでサッカーを続けた。得意な種目は中距離の1500m。3年生の夏、北信越大会に4分15秒で入賞。この活躍を目にとめた佐久長聖高校陸上部の両角監督(現東海大学駅伝部監督)にスカウトされた。いつしかサッカー少年はランニングという次なるステージで高い目標を見出していくことになる。

明けて2009年1月、中学生活も残すところ2ヵ月。上田さんは『第14回全国都道府県対抗男子駅伝』の長野県代表に選ばれた。この大会は各都道府県の中学生(2名)、高校生(3名)、社会人・大学生(2名)で構成される全7区のレース。文字どおり地元を背負って競い合う晴れ舞台だ。上田選手は6区(3km)を担当し、全力で先輩にタスキをつないだ。そしてチームは2時間18分43秒という記録で大会記録を塗り替えて見事2連覇を達成。長野県チームには佐藤悠基、村澤明伸ら(いずれも現日清食品所属)、当時の大学駅伝や高校駅伝のスター選手が参加していた。まさに長野県の黄金時代。

「憧れの佐藤先輩はレース後、熱のため祝賀会を欠席されたので会えませんでした。村澤先輩たちは高校の先輩でもありますが僕が入学した年に卒業していってしまいました。偉大過ぎてちょっと離れたところから眺めているだけでしたね」

4月、高校駅伝の名門・佐久長聖高校(長野県)に進学、全寮制の駅伝部に入り上田さんは都大路(毎年12月に京都市で開催される全国高等学校駅伝競走大会)を目指し日々鍛錬を積んだが、ここで初めて大きな挫折を経験する。

「高校の3年間はいい思い出はないんです。佐久長聖には全国から優秀な生徒が集まります。駅伝部は25人前後なのですが、都大路権に出場できるのは7名ですから1年の春からチーム内で競争が始まります。僕は練習過多で疲労骨折を経験し、1500mでも3000mでも中3のときに出した記録を超えられなかった。5000mも高校3年に出したベストが16分1秒ですから話になりません。1年生の時は何度も退部を考えました。2、3年の時はどうすればチームに貢献できるか、そればかり考えていました」

2012年4月。桜吹雪の舞う早稲田大学商学部の入学式に上田さんは参列した。もちろん早稲田大学競走部のメンバーとしてではない。早稲田に限らず箱根駅伝などの大学3大駅伝に出場する強豪校の部員は、高校で5000mを14分台のタイムを持つ選手が主体で、スポーツ推薦以外の部員は1年を終えてタイムが伸びなければ、退部かマネージャーへの転向を余儀なくされるケースもあるという。憧れだけではやっていけないのが強豪校の競走部なのだ。

「今度は楽しく走りたいと思いました。だから体育会ではなく同好会(早稲田大学陸上競技同好会)の門を叩きました。同好会と言ってもレベルは高くてOBには日本選手権に出るような人もいます。高校のOBで5000の同好会記録を持っている方がいて、高校時代その先輩が合宿に来てくれていろいろアドバイスしてくれました。だからその先輩を目標にしようと思って」

以前の輝きを取り戻しつつあった。普段の練習場は東京・代々木の織田グラウンドのトラック。学校帰りに他大学や社会人のランナーに混ざって練習に励む。スカウトされて入学したのに実力を発揮できずに不遇の時を過ごした高校時代。この挫折感と苦しみは当事者でなければ分からないだろう。しかしこの3年があってこそ、その後の上田瑠偉が形成されたともいえる。ただひとつ、彼だからこそ成し得たこと。それは走ることを止めなかったこと。怪我をしても、どんなに練習が辛くとも、やり抜いたことによって再び走る喜びを自ら手繰り寄せたのだ。

柴又100K――
初のトレイルレースとなった昨年9月の三原白竜湖トレイルレースでは本人も驚きの逆転優勝【写真提供:オールスポーツコミュニティ】
初のトレイルレースとなった昨年9月の三原白竜湖トレイルレースでは本人も驚きの逆転優勝【写真提供:オールスポーツコミュニティ】

トレイルランナー上田瑠偉は意外なキッカケと出会いが偶然重なって誕生した。

「大学1年の3月に初マラソン(古河はなももマラソン)を走りました。タイムは2時間41分。実は12月開催の福岡国際マラソン出場を目指していたのですが、参加資格に1分足りず参加ができなかったのです。ちょっとガッカリしましたが、10代最後の思い出づくりとして、6月に同好会の仲間と『第1回柴又100K』という大会にでました。江戸川の土手を走るウルトラマラソンですが、そのレースで5位(8:15:33)に入賞しました。そのレースにはアメリカの女子ウルトラランナーのエイミー(昨年のハセツネで女子総合3位)が参加していて準 優勝したのですが、彼女のサポートをしていたマウンテンハードウエア(MHW)の担当者の方が会場にいらしていて、その方に名刺を頂いたんです。
『興味があればトレイルランのレースに出てみませんか』というお誘いだったのですが、『Born to Run』を読んでいてトレイルランには興味を抱いていたので、出てみようと・・・。あの日の出会いがなければ、トレイルランをやるのはまだ先の事だったかもしれない」

9月13日、広島県の三原白竜湖トレイルレース(35km)でデビュー。このレース、前半でコースロストして6位に落ちたが、そこから挽回して20km地点でトップに立ち優勝という離れ業をやってのけた。しかも大会レコードという大きなおまけつき。

「いまトレイルランに傾倒しています」

昨年12月の武田の杜トレイルランニングレースではコースレコードで優勝。メジャーレースでトップランナーの仲間入りを果たす【写真提供:オールスポーツコミュニティ】
昨年12月の武田の杜トレイルランニングレースではコースレコードで優勝。メジャーレースでトップランナーの仲間入りを果たす【写真提供:オールスポーツコミュニティ】

10月、日本山岳耐久レースではモントレイルチームの一員として、ダコタ・ジョーンズ、奥宮俊祐、山田琢也らトップランナーに混ざって参戦。ところが蓋を開ければダコタと前半のレースを引っ張り、第2関門でダコタがリタイアした後はチームのリーダーとなった。フィニッシュ間際の直線路でチームスポルティバの近藤選手にかわされたものの、初出場総合6位(7時間45分27秒)は堂々たる成績。会場に集まる大勢のサポーターを驚かせた。

「前半はダコタと東さんと引っ張りましたが、三頭山で両足がつってしまい離れてしまいました。第2関門ではライトのセットに戸惑ってだいぶロスしてしまいましたが、その後ダコタがリタイアしたことを知り、チームのために自分が頑張らなくてはいけないと思いました。ゴール手前での近藤さんとのデッドヒートですか? 金毘羅尾根を下って町に下りてきたコーナーのところで後ろから拍手が聞こえたので、誰か付いて来てるな、と思いましたが、まさか直前でひっくり返されるとは…。今年は負けないようにしたいです」

その後、11月の長野県縦断駅伝(長野県の市対抗)では2日目の17kmで区間賞。12月、『武田の杜トレイルランニングレース』に参戦。山梨、長野界隈の強豪ひしめくメジャーレースでまたしてもコースレコード優勝をやってのけたのだから、もはやトップランナーの仲間入りだ。

今季の目標――

上田さんの目標は毎年8月末のフランス・シャモニーで開催されるUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)。今年はその出場資格を得るためポイントレースに集中する。

「トレイルを始めてまだ1年足らずなのですが、雑誌を見たり、周りの人にUTMBの素晴らしさを聞かされて、ぜひ走ってみたいと思いました。今年は『おんたけウルトラトレイル100K』とハセツネをターゲットレースにしています。ポイントを獲得できれば、早ければ来年のUTMBに出場したいと思います」

多くのトレイルランナーが数年かけて挑戦する海外のレース。彼は2年目でUTMBを目指している。しかしすでにポテンシャルを証明しているのだから活躍がいまから楽しみだ。来年は大学4年、若いし失うものは何もない、気負いもない。さらに根性も座っている。また1年経験を積む事で、サプライズを起こすかもしれない。

トレランが与えてくれたもの――
今春、チームmontrail & MHWの一員として先輩ランナー奥宮、山田選手とともに沖縄ロケに参加【写真提供:コロンビアスポーツウエアジャパン、撮影=藤巻翔】
今春、チームmontrail & MHWの一員として先輩ランナー奥宮、山田選手とともに沖縄ロケに参加【写真提供:コロンビアスポーツウエアジャパン、撮影=藤巻翔】

トレイルランは上田さんのランニングライフに相乗効果をもたらしているという。トレイルレースに出ることは結果を求めるだけでなく大きな気分転換になるが、トレイルランを始めたことでプラスになったことが多々あるという。

「トレイルレースの魅力は木の根をよけて走るステップです(笑)。アクティブなところがとにかく楽しい。あとは上りで心拍数を追い込む事、下りの疾走感。良かったことはトレイルランをつうじて仲間が増えたこと。 (山田)琢也さんをつうじて山梨に友人がいっぱいできました。後輩もトレイルに興味を持ち出してくれています。そして体幹が強くなりました。筋肉痛になりづらくなった。トレイルをやると平地の走りも強くなるとよく言われますが、僕がそれを実践して見せたと思います。昨年9月の5000mでは15分そこそこで走っていた僕が、12月の武田の杜の一週間後の記録会で14分39秒の自己ベストを出すことができたのです。自分でも驚きなのですがおそらくトレイルランの効果だと思います。いまトレイルに傾倒しています」

残念ながらまだ20歳の彼のストーリーはここで終わり。ただしトレイルランナー上田瑠偉の活躍の軌跡は現在進行形。
この後も、ずっとずっと続くのだ。

インタビュー=2014年5月2日

上田瑠偉さんへの質問

好きな言葉・座右の銘を教えてください

実るほど、こうべを垂れる、稲穂かな

トレラン以外でいま、熱中していることは

トラック種目(笑)

あなたにとっての師匠は?

有賀健さん(佐久長聖高OB早大同好会OB)
有賀先輩の活躍を見て、同好会でも強くなれると知った。

ライバル・良き仲間はいますか?

最近は知り合いが多くなりすぎて「この人!」っていう人は選べません。
同好会には世界大会に出たり、日本選手権を目指すレベルの高い選手が身近にいますし、
一緒に練習する仲間、応援してくださるバイト先の方々、他大学の同好会ランナーetc...

自分はどんな人間だと思いますか?

メリハリのある人間。
やる気のあるときはがっつり追い込むし、食事も気を遣う。
やる気のないときは一日中ゴロゴロして、食べたいものを食べる。
これが適度にストレスを溜めないようにバランスが取れていることに繋がっているんだと思います。

レースにおいて常に心がけていることは何ですか?

楽しむ!!!!
常に前向きに!!!!
長く続く上り坂を見ると、「僕の身体はどこまで持つのだろう?」
と試したくなり、ワクワクします。
コースロストしても「これで逆転したらかっこいい!」
と思います。

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