最初のチェックポイント(CP1)の馬場島まではロードです。これまで経験した事のない長距離レースということもあり、荷物が重たかった。ロードでかなり体力を消耗してしまいとても疲れました。深夜3時、紺野さんとほぼ一緒に馬場島に到着し、先に早月尾根にとりつきました。登山道に入りやっと元気を取り戻しました。
CPはゴール手前の静岡駅まで計29箇所あり、選手は各CPに到達したら大会本部にメールを入れることで、選手の行動と安全を管理しています。
剣岳は前半というよりコース中最大の難所で岩場も多く、慎重に通過しないと危険な個所が沢山あります。幸い山頂に到着したときは夜もすっかり明け、「蟹の横ばい」も無事通過。
剣、立山、五色ヶ原と順調に越えて進みました。北アルプスは細かなアップダウンが多く、南アルプスとはだいぶことなる様相でしたが、それよりも初めて観る景色の素晴らしさに時折立ち止まって見とれてしまいましたね。ストックをザックに携帯していたのですが、どうゆうわけか忘れていてこのときはトレラン走りでした。
薬師岳に午後3時過ぎに到着し休んでいると紺野さんと駒井さんに追いつかれました。
「あれ、ストック使ってないの?」と問われ、そのとき初めてストックを手に握りました。このレースはまったくのシロートなので(笑)。その後3人で進みました。
紺野さん、駒井さんは初対面ではないのですが、もちろんお互い競い合う立場。でもふたりともとても爽やかなアスリートです。紺野さんは前回の経験をもとに「あと何時間で次のピークにつくよ」とかいろいろアドバイスしてくれて、とても気が楽になりました。トレイルレースではあり得ないことです。
黒部五郎平に20:00に到着。紺野さんの応援団がたくさんいました。そのなかに静岡の方もいて僕も元気をもらいました。小屋でカレーを食べましたが胃が受け付けませんでした。
それでも無理して食べて0:00まで3人で仮眠を摂ることにしました。うつらうつらしながら「いま、誰か通りすぎたよね」と誰かが言うと、気になって十分に休めなかった。
同大会は2000年にスタートし今大会で5回目。あまりに過酷なレースであるがゆえ開催は2年に一度。参加を希望するアスリートは2年をかけて自己鍛錬に励み、同大会への参加を表明する。ただし、レースの性質からして誰もが参加できるわけではなく、参加するためには定められた能力を満たしていることが条件となる。
本大会に先立ち、6月下旬、南アルプス北部山岳地域において、本戦出場を賭けた選考会が開催された。2010トランスジャパンアルプスレース出場を希望する人はこの選考会に参加し、基準を満たす事によってのみ参加承認される。選考会の参加基準と選考内容は以下のとおり。
- 標高2,000m以上の場所において、2回以上のビバーク体験*があること。
- 1日に、コースタイム20~34.2時間以上の山岳トレイルコースをコースタイムの55%(11~18時間50分)以下のタイムで走りきれる体力と全身持久力を有すること。
例:日本山岳耐久レース(71.5km)レベルの大会において、11時間10分以内で完走できること。 - フルマラソンを3時間20分以内、100kmマラソンを10時間30分以内に完走できる体力を有すること。
- 山岳保険(捜索、救助等を含む)に、必ず加入していること。
- リスクマネジメント(危機管理)に対して(1)事前にリスクを回避する《危険回避能力》
(2)アクシデント発生時に対応できる《事故対応能力》を身につけていること。 - 自己責任の法則・・・「すべての責任は、自らに帰する」ことを自覚して行動できること。
- 選考会1ヶ月前までに、医師診断書を提出すること。
*ビバーク体験:ツエルト+レスキューシート(シュラフカバー)のみで、ひと晩を過ごす事。
a.山岳フィールド/山での走力+下界/ロードにおける走力(参加条件に準ずる)
b.ビバーク技術 c.生活技術 d.読図力 e.危険予測、回避力 f.その他
このようにトランスジャパンアルプスレースは、レースの基礎となる歩行力・走力はもとより、エキスパートな登山者として、ビバーク技術や読図力、危険予測などの経験と高度な技術を備えていることが条件となるのだ。
日本一苛酷と前述したが、世界的に見ても類がない個人競技としての426.7kmという距離。この距離を8日間以内で走破することがいかに苛酷なことかは机上で把握できる。
426.7kmの内訳は一般道(ロード)が208.8km。仮にkm8分(ジョグベース)で走り続けると28時間。登山道が225.5km。この登山路の標準的な累積コースタイムは128時間5分(『2010山の便利帳』山と渓谷社)。トータルで約156時間は日数に直すと6日と12時間(ちょうど6日半)となる。しかしながらこの日数は睡眠や食料補給のためのまとまった休息を含まないものだから、8日フルに費やして走破したとしても、1日あたり4.5時間しか休息できないことになる。まさに人間の体力と精神力の限界に挑む超耐久レースなのだ。
そのような条件下において、今大会を8日以内で完走を果たした勇者は23名(男子20名、女子3名)参加中 15名(男子13名、女子2名)。おりしも台風4号の到来、暴風雨にさらされた後半戦は苛酷を極めたが、初参戦ながら、前回大会2位の紺野裕一選手(千葉/ハセツネCUPなどでも入賞するトレイルランナー)、駒井研二選手(群馬/水上かっぱCLUB所属。アドベンチャーレースでも活躍)と終盤までトップ争いを演じた望月将悟選手が見事5日5時間22分(大会記録)で総合優勝した。
一方女子は、トレイルレース界のトップランナー間瀬ちがや選手(6日間17時間48分で女子優勝/総合4位)と星野緑選手が前回に続いて完走を果たした。
しかし、このレースは勝ち負けだけにスポットを当てるへきではない。日本の屋根というリアルな自然の懐で、極限のレースに身を委ねた23名全てのアスリートは皆主役。自分の限界に挑戦して『トランスジャパンアルプス』を制覇すること。それこそが最大の目標なのだ。残念ながら体調を崩して途中棄権となった選手も偉大なるチャレンジャー。8月8日午前0:00。富山湾をスタートし、太平洋に向けて雄大なトランスジャパンアルプスに挑んだ23名の勇者たちを心から称賛しようじゃないか。
前評判から優勝候補に挙げられていた望月将悟選手。しかし初めて経験するトランスジャパンは想像を絶する苛酷なものだった。幾度も心が折れそうになった。彼を支えたものは自然の猛威に対峙した強い体力と精神力。そして共にゴールを目指す仲間たち。まさに究極のアドベンチャーとも言える5日と5時間22分の記憶。
『トランスジャパンアルプスレース』は以前からどうしても出てみたい憧れのレースでした。今回は初参加でしたが、試走ができなかったことと、北アルプスの縦走自体が初めてで、果たしてどんな苛酷なレースが待ち受けているのか、正直スタートは不安でいっぱいでした。

- 富山湾・早月川河口に集結した精鋭23名の男女(撮影SF)

- CP1馬場島までは約30km上り基調のロードラン。荷物が重たい(SF)

- レース序盤の立山を進む望月選手。「行ってきま~す」まだ元気一杯(SF)
深夜0:00に出発。ヘッドランプを点灯しうとうとしながら走り続けました。3人の最後尾で付いて行くのが精一杯でした。槍ヶ岳へ向かう北鎌尾根は長く辛い上りです。雨が降り出し深い霧に包まれていました。ガスの向こうで紺野さんと駒井さんが雑談しながら登っているのが聞こえるのですが、僕と言えばこのままふたりと離れてしまったらどうなるのだろうと、不安でしょうがなかった。
さまざまなシーンが頭をよぎりました。自分はこれまでいくつかのトレイルランレースに出て上位の成績を出していたので、正直おごりがありました。「こんなはずじゃない」と。
悔しさ、情けなさ、足の痛さが重なって、もう軽度のうつ状態です。まったく無言になりました。
口から言葉が出ない一方で、「これ以上、どうすればいいんだ」と泣きたい気持ちで心の中で叫んでいました。
槍ヶ岳の肩を越えると明るくなりました。離されたり、くっついたりしながら、それでもなんとか2人にくっついていきましたが、上高地に着いて(9:25着)そこからバラバラになりました。ここからはマイペースで行こうと決めました。正直着いていけない状態でした。
河童橋で温かいうどんを食べて少し元気を取り戻しましたが、沢渡に出ると日差しが注ぎ、さらに前夜の雨で湿度が上昇し、むせるようなロードになりました。暑い、体が動かない。
境峠で携帯のメールをチエックすると家族や友人から応援メッセージ。上さんから「勝ち負けなんて気にしないで楽しんで走ればいいじゃない」と。そうだよな。「このレースに勝つことではなく、このコースを楽しんで制覇するとこが第一の目的なんだ」と気持ちが吹っ切れた。
木曽駒のスキー場のレストハウスに着くと紺野さんに出会って、「もう出るよ」と彼はちょうど出発するところ。僕は「寝ます」と宣言して横になった。でも、どうしても気になってしまい30分仮眠して出発しました。
この頃から、コース脇に腰かけて5分でも寝ると体が回復する感触をつかめるようになりました。

- 前大会は2位。今大会も終盤までリーダーを務めた紺野選手(SF)

- 全身筋肉の塊ともいえる駒井選手。パワフルにアルプスの峰々をクリア(SF)
明け方間近の木曽駒ヶ岳は深い霧と強風と雨。山頂(4:00着)で紺野さんに追いつきました。とても寒いのに紺野さんは半袖、半ズボン姿にビックリ。僕はカッパで風雨防備。「早く雨やまないかなー」
宝剣岳を通過中、急に霧が晴れて、急峻な岩場の両側ともに崖になっていることが分かりました。何百メーターも下の谷底が見えて、こんなコースを進んでいた事に驚かされました。
久しぶりに大きな町に下りました。伊奈谷の駒ヶ根市(9:30着)です。町中の『すき屋』のメガ盛り牛丼で各選手エネルギー補給する所です。僕は食べれそうもなかったのでコンビニで朝食を買い濡れたウエアを乾かしました。相変わらず足のどこかがズキズキ痛くて、足をアイシングしました。街を出発すればいよいよ後半戦の南アルプスに入山します。
仙丈岳の麓の集落、市野瀬(15:40)に到着すると、そこに駒井さんがいました。すでにお風呂にも入ったとかでスッキリした状態。どうやら駒ヶ根で休んでいる間に抜かれたようです。黒部五郎平以来まともに睡眠をとっていなかったので、ここで「2時間寝よう」と決めました。紺野さんもここで仮眠するということでホッとして横になりました。
横になって1時間くらいしたころ、「先に行くからと望月君に伝えておいて」という会話が聞こえたんです。寝ていても神経が張り詰めているのか、不思議とその時だけ聞こえてしまうのです。
要所要所でいつも気にかけてアドバイスをくれる紺野さんは僕にとってもはや兄貴みたいな存在で、このレースの心の支えでした。だからどうしても紺野さんに付いて行きたかった。すぐ飛び起きて15分後に出発。後を追いました。
市野瀬から仙丈に延びる地蔵尾根は厳しい登山路の上、激しい風雨でヘッドライトの明かりがなんとか見える程度。何度も道に迷いそうになりながら進みました。あまりにひどいので尾根の途中にある松峰小屋付近で紺野さん、駒井さんの3人で風雨を凌ぎました。この頃、台風4号が日本海を北上していました。

- 登山者の声援を受け立山を出発する志村選手。この後見事完走(SF)

- 男子選手にも劣らぬスタミナで走る日本一の本格派山ガール間瀬選手(SF)
疲労はピークをとうに過ぎていましたが、自分のフィールドである南アルプスに居るということが僅かな安心感と勇気をもたらしていました。
塩見岳へ向かう途中の熊の平小屋(10:00)に着いてカップラーメンを3人で食べました。自分は3つ食べました。それまで、ラーメンやカレーを2人前も平らげる二人を観ていて、「よく食べれますね!?」と言っていた自分が、照れる事もなくいつの間にか食べている。ついに体がトランスジャパンモードになってきた。体が回復してきた。この頃からやっと冗談が言えるようになってきました。
南アルプスの最深部ともいえる塩見岳に到着(13:00)。相変わらず風雨は激しく、真昼間でも3000m越えの標高では体感温度は0度を下回る程です。僕は3レイヤーのゴアテックスのカッパを持っていました。駒井さんは薄いカッパで「寒い寒い」といいながらもいろいろ体に巻きつけて寒さ対策をしていました。紺野さんもレスキューシートを体に巻いて、さすがだなと思わせるような出で立ちで(笑)進んで行きました。二人とも山のエキスパートであり、たくましい山男なのです。
21:00に高山裏避難小屋に到着。ルール上小屋内で休息することは許されず、小屋前でビバーク。ツエルトをかぶって横になりましたが、夜中になると風雨はますます激しさを増し、とても寝ている状況ではなくなりました。

- 中継地・市野瀬は爆睡の園。たっぷり寝て食べて鋭気を養って(SF)

- ペトボに充填されたインスタントラーメン。水と一緒に流し込めばOK(SF)

- 苛酷なトレイルの連続で選手たちの足裏はご覧のとおり。ただいま治療中です(SF)

- 壮大なレースだけに、鋭気を養う選手、先に進む選手がおだやかに交錯(SF)

- 夕暮れ迫るアルプス。再び長い夜の攻防が始まる(SF)

- 今大会終盤まで行動を共にした盟友。望月選手と紺野選手(SF)
「僕、先に出ます」
こう言うのにちょっと勇気がいりました。
北ア・薬師岳で合流してからというもの大方同じペースで行動を共にしてきた3人。言葉ではうまく表現できない連帯感と友情を互いに感じながらここまでやって来ました。でもいつかは競わなければならない。暗闇の中でヘッドライトが照らす顔。眼と眼で互いに健闘を誓い合って風雨の夜道を出発しました。それまで紺野さんと駒井さんに心のどこかでいつも頼っていた自分でしたが、この時一人旅を始める決心をしました。深夜1:00一人で旅立ちました。
荒川岳の下りはよく知っているコースだったのですが、深い霧の中、稜線を3回くらいくるくる回ってやっと下りコースを発見、といったあんばいでした。でも3時間ほど睡眠をとれたためか体はだいぶ回復していて、赤石岳、聖岳を無事に越えて茶臼小屋(11:40)に到着。
すると小屋のご主人の高橋さんとスタッフの皆さんが、待ちわびていたかのように出迎えてくれました。さらにここで食べた昼食がフルコース。ゆずティーに始まり、カレーライス、フカヒレスープ。時間がかかるのも承知で心温まるランチをご馳走になりました。しかもお代はお一人300円。このフルコースランチはその後、この小屋通過者全ての選手に振る舞われたらしいです。
ここからいよいよ下山が始まります。まだここからゴールまで80kmもロードを走らなければいけないのに、「ここまで来たら絶対にゴールする」と自分に言い聞かせました。
畑薙第一ダム(14:20)に到着し山道から久しぶりの林道を踏みしめるとノボリが立っていて、「ガンバレTJAR」と旗に書いてありました。2人の娘が書いてくれたものでした。沿道には選手の到来をまちかまえるように幾人もの人々が出迎えてくれました。その中に家族や祖父母もいました。実はここから少し下った井川というところが僕の故郷なのです。
足の痛みはこれまで経験した事のないものでした。そしてとにかく眠たい。でもそれを忘れさせてくれるほど声援が励みになりました。

- 畑薙ダムでトレイルともお別れ。応援サポーターに囲まれる望月選手(AT)
立ち止まればその場で眠ってしまうほどの睡魔に襲われました。パッと目を開けると側溝に落ちていたり…。よくケガをしなかったものです。
足のマメも完全にむけて、着地するたびに激痛でした。携帯していた痛み止めを飲みました。
「とにかく一刻も早く家族や仲間に会いたい」という気持ちだけがこの時の自分を動かしていたと思います。それから、深夜にも関わらず沿道には人がいて、見知らぬ方々から幾度となく「ガンバレ!!」と声援を掛けていただきました。だからそこら辺で寝ているわけにもいかなかった(笑)。

- 静岡市内のスポーツプロショップ『アラジン』前では深夜の応援態勢(AT)
静岡の街の明かりが見えたときは「帰ってきた!!」という気持ちと、「まもなくこのレースも終わってしまうのか」という思いがこみ上げてきました。早くこの苦しみから解放されたいという気持ちは強いのですが、その一方でがむしゃらに山を駆け抜けてきたことに対しての名残惜しい気持ちが交錯してなんとも複雑な気持ちでした。
白々と夜が明け始め、大浜海岸に向けた直線路に入ると早朝から応援に駆けつけてくれた大勢の仲間たちが待っていました。防波堤を越えると太平洋の大海原が目に飛び込んできた。涙が自然と溢れ出てきました。
日本のアドベンチャーレースの第一人者であり、この大会を長年サポートしてきた田中正人さんが言っていました。
「常に謙虚な気持ちを忘れないで」
偉大な山に対して敬意を払う姿勢はもちろんですが、謙虚とは感謝する気持ちでもあることを知りました。
これまで勝負にこだわり過ぎていた自分でしたが、自分の力だけじゃない。応援してくれる人、周囲の力があってこそいまの自分がいるということを今回のレースで気付くことができました。紺野さん、駒井さんがいなかったら自分はとっくに心が折れていたと思います。僕を完走させてくれた仲間に感謝するとともに、レース中、沢山の応援と励ましの言葉をいただいた登山者やサポーターの皆さんに心よりお礼したいと思います。
そして、その気持ち胸に、次回またこのレースに挑戦したいと思います。

- 地元望月選手の到着を待つ静岡サポーター女子(AT)

- 大浜海岸に向けて最後の力を振り絞りひた走る望月選手(AT)

- ゴール後、リスペクトする南アルプスに礼。「無事帰還させてくれてありがとう」(AT)

- 前回優勝者・田中正人氏の労いの出迎えに感動(AT)

- 家族、『アラジン』トレラン部、職場の仲間が待っていた(AT)

- 望月選手の快挙が翌日の静岡新聞で大きく報道された(AT)
望月将悟(もちづきしょうご)
1977年9月13日静岡県井川出身。静岡市消防局勤務。夏は山岳救助隊員として県内南アルプス山域で活動する山岳のスペシャリスト。国体の山岳競技静岡代表を契機に始めたトレイルレースは、この2シーズン飛躍を続け、2009年OSJシリーズチャンピオン、同年日本山岳耐久レース(ハセツネCUP)4位、2010年道志村トレイルレース、野沢温泉4100Dトレイルレース優勝など、国内ビッグレースで常勝中。いま最も注目されるトップランナーのひとり。
2010年8月8日(日)0:00~15日(日)24:00 (*予備日1日含む) |
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426.7km |
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8日以内(15日24:00) |
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日本海/富山湾・早月川河口~馬場島~北アルプス(剣岳~槍ヶ岳)~上高地~境峠~木曽駒高原スキー場~中央アルプス(駒ケ岳~空木岳)~駒ヶ根~市野瀬~南アルプス(仙丈岳~茶臼岳)~畑薙第一ダム~井川~笠張峠~静岡~太平洋/駿河湾・大浜海岸 |
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一般道208.8km+登山道217.9km=426.7km |
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23名(男子20名 女子3名) |
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80.3%(完走187/出走233名) |
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男子/望月将悟 5日間5時間22分(今年度大会) |
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トランスジャパンアルプスレース実行委員会 |
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