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スカイランナーワールドシリーズ第4戦 『マッターホルンウルトラクス』参戦記 世界選手権へ続く道

松本大(まつもと・だい)

松本大(まつもと・だい)

1983年12月20日群馬県嬬恋村生まれ。父に連れられ3 歳から山登りやスキーを始める。前橋高校時代は山岳部に所属し3 年時に国民体育大会出場。師匠鏑木毅氏と日本各地の山で練習し、22 歳でスカイランナーワールドシリーズ・アンドラ大会に出場し5 位(2006年) 入賞を果たす。以後、スカイランナーとして国内外のレースで活躍中。OSJ おんたけスカイレースでは自らのコースレコードを更新しながら大会3 連覇中。2012年3 月、4 年間務めた小学校教師の職を退き、2012年度より世界を目指してスカイランナーワールドシリーズ(SWS)参戦中。2013年には富士登山競走を制した。
http://daimatsumoto.com/

平和なスタート

8月24日(土)、スイスを代表する観光地であるツェルマットにて、SWS(スカイランナーワールドシリーズ)第4戦『マッターホルンウルトラクス』に出場してきました。このレースは国際スカイランニング連盟(ISF)が主催するシリーズレースで、世界のトップクラスのスカイランナーが集結します。

『マッターホルンウルトラクロス』は距離46km、累積標高差3600m。前半に1500m以上の大きなアップダウンがあり、後半に2回の600m級のアップダウンがあるコースです。スイスなのでトレイルは整備されているので走りやすいですが、地面が硬くてタフなコースでした。

スイスの名峰マッターホルン。ここが今回の舞台だ
スイスの名峰マッターホルン。ここが今回の舞台だ

レース展開は以下の通りです。
7:00にツェルマットの中心にある教会前をスタート。今年から始まった新しい大会ですが、SWSに選ばれたため、キリアン・ジョルネ等、世界のトップアスリートが多く参戦しました。他のレースだと賑やかなBGMが鳴り響き、緊張感のある雰囲気があります。しかし、静けさをウリにしているツェルマットなので賑やかなBGMは無く、なごやかな雰囲気でスタートしました。トップ選手たちも世間話をしながら最初の1kmほどのロードを走るほどです。戦争のようなスタートとは違う平和なスタートでした。

どんな景色を眺めることができるのだろう。レースの朝は楽しみな気持ち
どんな景色を眺めることができるのだろう。レースの朝は楽しみな気持ち

しかし、山道に入ると、いつもの激しい戦いへと変わりました。急なジグザグ道を登るのですが、選手たちはショートカットできるところは直登していきました。40km以上のレースは私にとって長丁場なので、私はなるべくマイペースで登ろうとしていましたが、今思えば周りの選手と張り合ってしまいました。ここでもう少しゆとりをもって走れたらよかったというのが反省点です。トップ集団はグイグイとペースを上げていき、次第に姿が小さくなっていきました。最初の大きな登りを登りきるとゴルナグラートという有名な展望台に着きます。そこでの順位は20位ほどでした。周りにはスペインチームやサロモンチームの強豪もいました。決して自分が遅いわけではないのですが、自分が力の無い選手に思えてしまうほどトップ集団のスピードは凄かったです。

最初の下り坂ではジョキン・リゼアガというスペインを代表する選手と一緒に走ることができました。彼は今シーズンここまで総合3位をキープする実力ある選手です。その走りをしばらくみることができたのは収穫になりました。自分も決して遅いわけではないという自信にもなりました。しかし、最初の下り坂で気持ちよく飛ばしたこともあり、いつのまにか脚を使ってしまいました。次の標高差600mの登りでは脚が重くなってしまい、走ることができませんでした。私と同じように脚が止まった選手もいたので、順位こそ落とすことはありませんでしたが、ここ(25km地点)からが地獄の始まりでした。

失敗は成功のもと

25km地点からの緩やかなアップダウンの連続は、まさに我慢大会という感じでした。周りの選手も苦しそうでしたが、欧州のタフな選手たちは、なかなかスピードが落ちません。今思えば、経験不足の私のダメージのほうが大きかったのでしょう。少しずつ周りの選手に追い抜かれていきました。攣りそうになる脚との戦いでもありました。マッターホルンの雄大な景色を楽しむゆとりは少しもありませんでした。それでもなんとか順位を落とさずに走り続けました。5月のゼガマ(スペイン)での悔しさを晴らしたいという気持ちでした。

標高2000m超透明な風になれるスカイランニングの世界
標高2000m超透明な風になれるスカイランニングの世界

しかし、ラスト6kmの40km地点でついに脚が止まってしまいました。太ももがつって歩くことすらできなくなってしまいました。10分以上はロスをしてしまい、順位を10位くらい落とすことになりました。痛みもありました。棄権したいと何度も思いました。しかし、最後まで走りたいという意志の方が勝りました。ラストは悔しくて泣きたい気分でゴールしました。5時間30分以上。予定より30分ほど遅いタイムでした。結果は、目標の10位以内には遠く及ばす29位でした。

優勝したのはキリアン・ジョルネ。彼は4時間40分台でした。私は彼ならば4時間20分台でゴールすると思っていたので意外でした。予想以上にタフなコースだったと言えます。また、10位の選手は5時間を過ぎてゴールしていました。私にイメージ通りの走りをする実力があるのであれば、世界のトップ10に入ることができるという希望もみえました。

今回は簡単に言えば練習不足で潜在的な実力を出し切ることが出来なかったというレースになりました。7月末の富士登山競走以降、いろいろなことが大変で練習に集中できなかったり、モチベーションが上がらなかったりということもありました。本番でのエネルギーや塩分補給もゼガマの失敗を受けて自分なりに工夫をしたのですが、それでも工夫が足りなかったようです。それもひっくるめて、今の自分の実力なのだと思います。

男子TOP3、左からルイス(スペイン)、キリアン、ニコラ(イタリア)
男子TOP3、左からルイス(スペイン)、キリアン、ニコラ(イタリア)

私がプロになった最初の大きな目標は、来年、シャモニーで開催されるスカイランニング世界選手権です。クヨクヨすることよりも、世界選手権へ向けてどのように体作りをしていけばよいのか、考え実行することにエネルギーを使っていきたいです。なかなか世界の場で結果が残せず、応援していただいている皆さんには感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいです。でも、失敗は成功のもと。ゼガマ、ツェルマットでの失敗は必ず、世界選手権での成功につなげることができると確信しています。4年に1度の世界最高峰の舞台へ。私の心の準備が整いました。

JST(ジャパンスカイランニングチーム)が世界に挑む

今年春、小諸で開催したJST(ジャパンスカイランニングチーム)合宿(写真提供=JST)
今年春、小諸で開催したJST(ジャパンスカイランニングチーム)合宿(写真提供=JST)

2013年春、JST(ジャパンスカイランニングチーム)を結成しました。自分独りだけでは、急速にレベルアップしている世界に対抗することはできません。自らのレベルを上げるための近道として、国内でも切磋琢磨できる環境を作り出すこと。同時に、スカイランニングを柱にしてトレイルランニングを子供からお年寄りまでが目指し楽しむことのできる一流スポーツにすること。以上がJSTの大きな目標です。

すでにISF(国際スカイランニング連盟)への加盟申請中で、JST登録アスリートは120名を超えています。2014世界選手権には日本から10名以上のアスリートが世界に挑みます。2015年からは既存の国内レースを、距離別にカテゴリー分けしたジャパンシリーズを主催する予定です。そして、2016年に開催されるSKYGAMES(スカイランニングのオリンピック)には日本代表チームを組織して、メダル獲得へ向けて挑みます。他にも、日本各地の学校で子供達向けのトレイルランニング教室や、東京五輪の開催に合わせて2020SKYGAMESの日本招致に向けた活動も実施していきたいと考えています。

スカイランナーワールドシリーズとは? 

国際スカイランニング連盟(ISF)によって、2003年より世界各国で開催されているスカイランニングのワールドシリーズ(SWS)。スカイランニングとは、標高2000m以上の登山道を走るスポーツのこと(※1)。舗装されていない道路や野山を走るトレイルランニングの一分野だ。標高2000m未満であっても、森林限界を超えた場所でのトレイルランニングはスカイランニングといってもいいだろう(※2)。現在、スカイランニングの競技人口や大会数は欧州を中心に急速に拡大しており、ISF(本部イタリア)の傘下には20を超える国や地域に加盟組織がある(※3)。また、夏季オリンピックの年には、スカイゲームスというスカイランニングの国別対抗戦が行なわれる。さらに、4年に1度、国や地域の代表選手だけが出場できるスカイランニングワールドチャンピオンシップ(世界選手権)が開催される(※4)。
2013年のスカイランナーワールドシリーズは以下の5会場5大会。

  • ※1 ISF(国際スカイランニング連盟)の定義では、「スカイランニングとは、標高2000m以上の山岳でのランニングである。ルートは、登攀グレードⅡ級(易しい:三点支持を要する)を超えず、40%未満の斜度に限る。ストックや手の使用は必要に応じて可能。」とされる。
  • ※2 ISFのルールでは、標高2000mに届かない場合でも標高差が1300m以上あればスカイレースとして認めている。
  • ※3 2012年現在、アジアでは香港・マレーシア・フィリピンに加盟組織があるが、日本に加盟組織は無い。また、日本ではトレイルランニングを実質的に統括する組織も無い状態にある。
  • ※4 ワールドチャンピオンシップは、スカイゲームスの2年後に開催される。第1回大会は2010年にイタリアで開催された。スカイゲームスとワールドチャンピオンシップの間の年には、隔年で大陸別選手権が開催されている。

Matterhorn Ultraks(マッターホルン・ウルトラクス)ホームページ

ISF(国際スカイランニング連盟)ホームページ

コースマップ

マッターホルン・ウルトラクス マッターホルン・ウルトラクス
大会リザルトはこちら
大会公式サイト

大会レビュー

  • ツェルマットの中心にある高級ホテルで受付
  • 夏季の山岳ラン(茶色)と冬季の山岳スキー(白色)の2レースが開催される
  • どこにいってもヒーローのキリアン・ジョルネ
  • 各国を代表する選手たちが集結した
  • レースの朝。ツェルマットの会場に続々と選手がやってきた
  • スタート。制限時間は12時間、ザックを背負った一般ランナーでも挑戦できる
  • 序盤から攻防を展開するトップ集団。一瞬の油断で一気に順位を落としてしまう
  • スペインのルイス・A・ヘルナンド。キリアンに次ぐ実力者だ
  • 先行するルイスをキリアンが猛追する
  • 圧倒的な存在感のマッターホルン。その裾野随所で眺めることができる
  • イージーな下り斜面では時速20kmを超える
  • まだ22歳、あどけない少年顔のフィリップ。将来有望選手のひとり
  • スウェーデンのエミリー・フォルスバーグ。スカイランニングの世界女王だ
  • 無敵のエミリーは余裕の表情。山を楽しんでいる
  • 360度が3000〜4000m級のヨーロッパアルプス
  • 迫力のある岩山をすり抜ける
  • コースはゴルナグラード展望台を通過。一般観光客からの声援を受ける
  • コースの最高地点。総合成績の他にサミット賞が送られる
  • 一般ランナーは重装備 それぞれの楽しみ方がある
  • コース表示もマッターホルン
  • 累積標高差±3600m、まだまだ先は長い
  • 登山鉄道の終着駅、標高3092mゴルナグラード。スイス有数の観光地
  • お年寄りだって楽しめるのがスカイランニング
  • 初代チャンピオンとなったキリアン。涼しげな顔でゴール
  • 惜しくも2位のルイス。最後の激坂でキリアンを猛追した
  • 順位を落として29位。悔しい気持ちしかなかったゴール
  • 初代女王のエミリー。彼女はいつも笑顔でゴールしている
  • イタリアのシルビア・セラフィ二。常に上位に入る美人ランナー
  • ゴール後はソーセージやラクレットが待っている♪
  • 雨の表彰式。山の天気は変わりやすい

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