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TJAR2014 トランスジャパンアルプスレース2014

出場希望者多数。11名の精鋭が抽選で涙を飲んだ

TJAR(トランスジャパンアルプスレース)は2年に1度、8月のお盆の1週間の期間を使って開催される国内最高難度(世界的に見ても単独レースとしてはトップレベル)の山岳縦断レースだ。
このレースは、富山県魚津市をスタートし、日本3大アルプスを越えて静岡県大浜海岸を目指す本州縦断レース。制限日数は8日間(7日間+予備日1日)、総距離は415km(今大会ロード区間225km、登山路区間210km)、累積標高差は約2万6700m。8日間の間で、下界から標高8850mの世界最標高エベレスト山をちょうど3往復することになる。したがって100マイルレース経験者であっても、憧れやにわかなトレーニングで安易に参加できるレースではない。体力はもちろん、高い山岳スキルと豊富な登山経験が要求されるのだ。

前回大会はNHKが大会取材に入り、NHKスペシャルで大会の模様が全国放送されたことで、この大会の存在を多くの人が知ることになった。結果参加希望者は急増し、今大会では書類申し込み時点で80名近いエントリーになった。しかし出場できる選手は、安全確保のため上限30名と決められている。そのうち大会主催者(TJAR実行委員)から選手兼マーシャルが3名、前回優勝の望月将悟選手がシードとなり、実際の選考枠は26名となる。

スタート会場には魚津市の皆さんサポーターが大勢詰めかけた。ステージで安全祈願を祈る選手たち (KM)
スタート会場には魚津市の皆さんサポーターが大勢詰めかけた。ステージで安全祈願を祈る選手たち (KM)

参加希望者は登山経験、トレイルレースの経験、マラソンの成績など、参加基準(詳細は大会HP参照)を満たすことが最初の条件。書類審査をパスした選手は大会2ヵ月前の選考会によって山岳スキル・体力がテストされる(前回大会完走者は免除)。この選考会に合格した者が本来参加資格を有するのだが、今大会は選考会通過者が26名、全大会完走者が11名、計37名に達したため、抽選によって11名が落選し26名(繰り上げ候補5名)を決定するに至った。
そのため前回出場完走した上位選手のなかにも今回出場を逃した選手が何人も出た。2年間、このレースを目指して鍛錬してきても抽選で落とされてしまう、とても残念なことだが、TJARを目指す山岳アスリートの競争は本戦前から始まっている。

台風が通過し天気は回復に向かうだろうと予想された室堂平だったが… (SF)
台風が通過し天気は回復に向かうだろうと予想された室堂平だったが… (SF)

山岳レース界のレジェンドが足跡を刻んできたTJAR

参加選手の多くが、国内外のトレイルレース、山岳レース、ウルトラマラソンで上位にランクされるか、UTMF、UTMBなどの国際級の100マイルレースでの完走を積み重ねている。今大会は30代前半のフレッシュな男子6名を含め初参加選手が半数近く加わり、TJARを外から観戦するファンとしては大いに楽しみなレースとなったが、このレースはやはり過去に経験しコースを把握している選手に分がある。中でも注目の選手は過去2大会で連覇を果たし、大会レコード(2010年大会5日5時間22分)を持つ望月将悟選手(静岡県)。2009年のOSJトレイルレース年間シリーズチャンピオンの他、これまでトレイルレースでも数多くの実績を残しているが、消防官として夏場は南アルプスで山岳救助にもあたる山のスペシャリストでもある。山の経験値、実力ともに群を抜く。

その他有力な選手としては、2008年大会で田中正人氏、2010年大会で望月選手(いずれもその大会の優勝者)と優勝を争った紺野裕一選手(東京都)、前大会2位でゴールした阪田啓一郎選手(三重県)、船橋智選手(神奈川県)らが挙げられるが、コンディションをこのレースに合わせることは経験豊かな選手でも難しいうえ、長丁場のレースでは選手の身に何が起こるかも分からず、大会の行方は予測するのは正直難しい。

一方、女子は僅か3名。ただしキャリアは強力、体力も男子に引けを取らない。Team EAST WINDのチームメンバーとして昨年の『コスタリカ・アドベンチャーレース』に唯一の女性メンバーとして男子に混ざって参戦した中村雅美選手(千葉県)。昨年の国際山岳レース『スイスアイアンレース』で2位、北アの麓安曇野に暮らし山を極める西田由香里選手(長野県)。四国徳島から参加の平井小夜子選手はウルトラや山岳レースで数多くの実績を残す選手。今回TJARは4回目の出場、過去3回リタイアしているため雪辱に燃える。

悪天続きの北ア・ステージ。夕暮れの西鎌尾根をたどり槍ヶ岳を目指す佐幸選手 (KM)
悪天続きの北ア・ステージ。夕暮れの西鎌尾根をたどり槍ヶ岳を目指す佐幸選手 (KM)

ただこの大会は、レースと名がついているものの順位表彰は行われない。完走を果たすことがとても困難なレースのため、相手と競う以前にまずは自分との闘いであるためだ。したがって、制限日数内で完走を果たすことが栄誉であり、その上で順位があるのだが、1位でゴールを果たした選手はナンバー1の“山家”として、実績はもちろんファンの記憶に深く刻まれることになる。過去のTJARで名を馳せた田中正人、望月将悟、間瀬ちがや各氏ら歴代優勝者と女子のトップ選手は、言うならば山岳レース界のレジェンドだ。山と向き合うトレイルランナーの間でもはや知らない人はいないだろう。

前回大会から選手が携帯するGPS端末により位置情報が大会HPにて確認できるようになった。TJARファンは応援する選手の進行状況がわかるため、応援に出向きやすくなるとともに、レース的な見方で順位争いを楽しむこともできるようになった。個人戦として究極の山岳レースは、彼らの知らぬところで、8日間に渡って繰り広げられるエンタテイメントとしてファンやサポーターを釘付けにしてしまうのだ。

台風に翻弄された北アルプスステージ。 大会史上初の中断を越えてレース再開

今年の夏は局地的な大雨が全国各地で被害をもたらした。記録的な猛暑の中、洋上の湿った空気が連日のように雨雲を作り、上空高く湧く積乱雲が突如雷雨を発生させる。平野部では晴れていても山間部では天気予報はあまりあてにならない。
そこにきて、TJARの開催日8月10日は大型の台風11号が本州を通過。スタートの深夜0時には福井から日本海沖に抜けたが、台風の余波は簡単に収まらなかった。大会当日、台風の被害が確認できない事もありコース変更が決定した。コース難度の高い早月尾根〜剣岳〜剣沢間の山岳コースを回避し、富山県魚津市〜立山町経由〜室堂のロード(40km)に変更、立山三山を下った峠、一ノ越から本来のコースに合流するルートがとられたのは賢明だった。ただ台風の余波はこれで終わらなかった。

木祖村の農村を中央アルプスに向けて進む雨宮選手。田舎のロードに心安らぐ(YK)
木祖村の農村を中央アルプスに向けて進む雨宮選手。田舎のロードに心安らぐ(YK)

初日10日の夕方から夜間にかけて、北アルプス立山連峰の中ほどに位置する薬師岳周辺は風速30〜40mを越える暴風雨に見舞われ、ちょうど通過中の上位選手を直撃。選手は薬師岳山荘に緊急避難しレースを一時中断、嵐の回復を待ち翌朝5時から再開。後方ではスゴ乗越で同じく15名の選手が風雨の中にいた。こちらも大会本部の支持で深夜1時から4時まで待機。大会史上初めてのレース中断となった。幸いにも事故もなく、翌日よりレースは再開された。なお、この中断によりゴールを含めその後の関門全ての制限時間はプラス3時間後ろに下げられることになった。

しかし今年の夏山は更に過酷で、その後も一向に太陽は姿を見せない。大会4日目(13日)が一日晴天で会った以外は、北・中・南アルプス全域の稜線部が深いガス(雲)に包まれ、選手は連日のように雨に打たれた。レインウエアの内側、シューズはつねに湿った状態で、体温の保温、足裏のマメのやぶけに多くの選手が悩まされることになった。スタートしてから2日で全選手が北アルプスを踏破し上高地に到着することが予測されていたが、このステージで7名がリタイアしてしまった。それほど今年のTJARは過酷だった。

選手に至福の輝きが訪れたのは大会4日目。上位選手は南アルプス仙丈ヶ岳〜塩見岳、後続の選手の多くは中央アルプスでこの日を迎えた。雲海の彼方から昇る朝日を全身に浴び、選手は生き返った。太陽は偉大だ。それまでは仮眠すらもまともにとることができなかったのだから。太陽を遮断した標高2000mを越える稜線では寒さですぐに目が覚めてしまい、夜間はシェルターに収まっても常に雨で体を濡らさないように神経を使い、足の疲労とともに気力も選手を苛んでいく。大会に臨むに当たり、実戦的トレーニングとして山行を繰り返してきた選手たちも、ここまで雨に打たれることは予測していなかったに違いない。だれもが雲海の彼方に輝く朝日と、アルプスの雄大さに感動したはず。TJARの道のりは人生のごとく険しく、そして素晴らしい。

予めデポした物資や食料の補充・交換、サポーターから支援を唯一受けられる南アルプスへの登山口「市野瀬CP」(スタートからおよそ240km地点)。この地で選手はしばし英気を養い、最後のステージとなる南アルプス縦走90km、その後静岡大浜海岸へ続く85kmのロードへの準備を整える。南アルプスは山深い。これまでの北・中央アルプスとは異なり、途中でリタイアすると、最深部の場合、下山に丸2日要する場合もある。だから選手は覚悟を決めて出発することになる。選手を見送るサポーター、スタッフに「大浜で会いましょう!」と別れを告げて旅立つ選手はまさに戦地に赴く兵士のようだ。

快晴の朝を迎えた中ア宝剣岳、後方は御岳山、さらに右奥に槍穂高連峰が見える(SF)
快晴の朝を迎えた中ア宝剣岳、後方は御岳山、さらに右奥に槍穂高連峰が見える(SF)
今大会もレースリーダーを務めた望月選手。南ア塩見岳へ向かう稜線(SK)
今大会もレースリーダーを務めた望月選手。南ア塩見岳へ向かう稜線(SK)

満身創痍、選手の気迫だけがゴールを繋ぐTJARのクライマックス

大会5日目午後6時、レースリーダーを務める望月選手が南アルプスの終点、畑薙ダムに下りてきた。すでに彼の到着を待っていた大勢のファンが、この山深いダムまで声援を送りにやって来ていた。彼が2010年に優勝して以来、地元静岡のファンはもちろん全国的にTJARの認知度は急速に増し、ここから太平洋に至る85kmのロード区間の随所で選手に熱い声援が送られる。さらに南アルプス南部の茶臼小屋、聖平、三伏峠にまでファンは足を延ばし選手を鼓舞する。体力の限界を超えてゴールを目指す選手にとってこの声援は大きな活力になる。レース後、誰もが沿道の声援に対する感謝をしていた。

大会6日目昼過ぎ、午後0時57分、数百人の観衆が待ち受ける大浜海岸に望月選手は返ってきた。「水(日本海)と水(太平洋)は縦断の証。でもこのレースはプロセスが全てだと思っている」。そう、選手にとってゴール(完走)は大きな目標なのだが、大会に向けてこれまで準備してきたこと、8日間の中で体験したこと全てが、TJARの夢と希望の証なのだと思う。

大会3連覇を果たした望月選手を待っていたのは人また人(SF)
大会3連覇を果たした望月選手を待っていたのは人また人(SF)

レースはまだまだ続く。大会7日目、残すところあと2日、3人の選手が満身創痍で大浜を目指していた。紺野選手とすでに女性一人になった西田選手。紺野選手は大会2ヵ月前に椎間板ヘルニアの手術をして本大会に参戦。ベストなコンディションとはほど遠いことは本人がいちばんよく分かっている。南アルプス中盤以降は腰に負担を掛けることによる足の痛みに耐えていた。最後の3000m峰・聖岳を越える頃には足首が曲げられず正面を向いて下山することが困難になっていた。紺野選手は足を一歩一歩前に置くように丸2日を掛けて大浜を目指した。
西田選手も疲労と睡眠不足が蓄積し、茶臼小屋の下りで大腿部の肉離れを起こし鎮痛剤を飲みながらの前進。西田選手は最終日の早朝3時半、最終関門の井川キャンプ場に到着、残り24時間との闘いを開始。最終関門を制限時間13分前にクリアした仙波憲人選手(福井県)は牛歩のような重い足取りで富士見峠を目指していた。足が進まないだけではない、よろけて転ぶと立ちあがるのに10分も時間を要した。

最終日の日曜日未明までにゴールを果たした選手は8名、リタイア14名、まだ8名の選手が大浜を目指していたが、体力は限界を超え、後は気力のみ。「この体ではもう間に合わないかもしれない」「いや、必ずゴールしてみせる」。脳裏をよぎる不安を打ち消しながらただひたすらゴールを目指す選手たち。大会9日目に入った深夜2時32分、最後のフィニッシャー柏木寛之選手(埼玉県)が夜中にも関わらず大浜に残る大勢の観衆に祝福されてゴールゲートをくぐった。

大会史上最も気象条件の厳しかったといわれる今大会。悪天候と戦いながら自己と戦う彼らの気迫と勇気に感動の絶えなかった8日間だった。ゴールを達成した選手、無念にもリタイアを余儀なくされた選手、選考会、抽選で断念した選手も含めこの壮大なレースへのチャレンジを共有した仲間たち。全ての選手にエールを送りたい。

ともに2回目の完走。お互いの健闘をたたえ合う松浦選手(左)と大西選手(SK)
ともに2回目の完走。お互いの健闘をたたえ合う松浦選手(左)と大西選手(SK)

大会レビュー

  • 大会前夜、望月選手富山に到着。「えっ!? ここから取材始まるの」(SF)
  • スタート会場ミラージュランドに魚津市の皆さんが立ててくれたTJAR石碑除幕式 (KM)
  • 裏にはこんなメッセージが記されている (KM)
  • この日のために、予選会、抽選を通過してきた精鋭30名の山男、山女たち (KM)
  • 8月10日深夜0時、市民の皆さんに見送られて偉大な旅に出発 (KM)
  • 選手到着1時間前の立山、初日の朝方は視界良好。彼方に富山湾がよく見える (YK)
  • 40kmのロードを上りつめ、室堂平に到着した阿部(左)、江口選手 (SF)
  • 一ノ越からいよいよ北ア縦走を開始。手前から朽見、中村、柏木、米田選手 (YK)
  • 少し遅れて、室堂ターミナルに石川、岩崎、福山選手(左から)到着 (TG)
  • 槍ヶ岳直下を進む上位4選手。リーダーはベテラン紺野選手(SK)
  • 槍沢の中腹まで下りてきてやっと視界が晴れた。ここを下ると上高地 (YK)
  • ずぶ濡れで上高地に下りてきた湯川選手。でも北アを無事終えて気分も上々 (SK)
  • 上高地〜梓湖間のトンネルを今だ4人は仲良く。しかしこのあとついに望月選手が飛び出す(SF)
  • 木祖村の自販機で2本買いました。雨宮選手はいつもニコニコ (HM)
  • 所変わって中ア宝剣岳。ここの岩場は結構エグいです。そんな情景が似合う大西選手 (SF)
  • 紺野選手と阪田選手、山頂山肌を巻くように宝剣岩場を通過。下は断崖絶壁 (SF)
  • 大会4日目。待ちに待った太陽、間もなくお目見え(SF)
  • 2コマ前の同じ場所をこの日早朝、西田選手通過 。後方は南アルプス連峰 (SF)
  • 同日午後、中ア空木岳を登る田中選手、佐幸選手。ここを越えれば駒ヶ根だ(TG)
  • 同時刻、木曾駒ヶ岳に平井選手、江口選手到着。平井選手四度目の正直、応援してますよ〜(SF)
  • 夕方6時半、空木岳到着した米田、仙波、阿部選手(左から)。3人とも調子良さそう(TG)
  • 市野瀬CP、爆睡中は大原選手。昨日の同時刻から中アを一気に越えてきた (YK)
  • 市野瀬CPを後にする柏木選手。まるで戦地に赴く兵士のよう(YK)
  • この日南アルプスも晴れて富士山が北岳の向こうに登場。日本で一番と二番に高い山(YK)
  • 仙丈ヶ岳への急坂にへばりつくように登る飴本選手(YK)
  • ハイ松の森から突如現れた美白の青年は船橋選手(SK)
  • 塩見小屋でカップ麺を一度に3つ注文した大西選手(SK)
  • 大会6日目の早朝5時の赤石岳稜線、感動的だったのは朝だけ。再びガスに包まれる(KM)
  • 南ア南部、横窪沢小屋の選手専用メッセージボード。後続の選手は沢山エールがもらえる(SF)
  • コンサート後の出待ちではなく、畑薙で望月選手を待っていたファン(SF)
  • そのエース望月選手もさすがにしんどい局面。故郷井川を越えた富士見峠にて(YK)
  • フクラハギはヒルにやられていました(提供=アラジントレラン部)
  • 井川のお母さんのお店で飴本さん発見(YK)
  • 菓子パンとアーモンドチョコを買って静岡へ。飴本さんお名前どおり甘党(YK)
  • 大浜ではすでにたくさんのファンが選手を待っています。お父さんありがとう(SF)
  • そして6日目のお昼、望月選手ゴール。青空にシャンパンシャワー(SF)
  • 翌日午後3時、静岡駅前を通過する若者? たち。突然のことに市民の注目度はイマイチ (YK)
  • ゴールを果たしお約束の太平洋へ着水。この後のシーンはJ-TRAIL別冊をご参照(SK)
  • 3度目の出場で完走した石田選手。氷イチゴなら何杯でもご馳走しましょう(SK)
  • 公式な順位表彰は無し。でも上位4位(4位は阪田、石田同着2名)がゴールに集まり祝福(YK)
  • この日の朝、まだ2日残して紺野選手が井川に。いつものスマイルなのですが…(YK)
  • 足を見て驚いた。むくみで丸太のような太さに。シューズもパンパンだ(YK)
  • 試合前の計量ではない。選手はゴール後、医科学データ収集のため入念にボディチェックを受ける(YK)
  • 最終日午後3時半、静岡山村を市街へ向けて走る西田選手。レース中、弱音は吐きませんこの方(YK)
  • この日午後5時半、井川から2日目。アラジン静岡店前を通過する紺野選手。ゴールは近い(SK)
  • 夜10時、西田選手笑顔で大浜海岸に到着。同大会3人目の女性フィニッシャーとなる(YK)
  • この大会のことを聞きつけ、一目女性選手に合って祝いたいとやって来たご近所のお婆ちゃん(YK)
  • 最終フィニッシャー柏木選手には記念品が。プレゼンターと賞品に思わず苦笑(YK)

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