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ULTRA-TRAIL Mt.FUJI (ウルトラトレイル・マウントフジ) 2015

心の中にある富士山_Mt.Fuji

世界文化遺産に指定されるスピリチュアル・マウンテンとして訪日客の憧れの山、Mt.Fuji. 我々日本人にとっても富士山は山岳の国、日本が誇るシンボルである。その富士山の周囲をつなぐUTMF(168.6km)と静岡県富士市と山梨県河口湖を結ぶSTY(80.5km)の2レースで繰り広げられる『ウルトラトレイル・マウントフジ2015』が9月25日〜27日に開催された。
今大会はそれまでの春開催から9月開催へとシフト、2013年大会同様2年ぶりに反時計回りになった。山梨と静岡両県11の市町村にまたがるUTMFの全長168kmを結ぶコースは、コース設計と開催日の選定協議に多大な時間と調整を費やす。記者会見での実行委員会の発表によれば冬季を除く1年間の中で開催可能な週末は2回しか選択肢がなく、その上でベストな開催日が決定したという。

大会初日、あいにくの小雨。大会4回目にして初めての雨天となった。UTMFスタート会場になった河口湖八木埼公園には早朝から選手が集結。翌日スタート のSTY参加者とサポーター、大会関係者を含め、おそらく2000名を超える人となった。しっかりした降り方ではないが霧雨のように降り続く雨と視界を遮る深い霧が河口湖の対岸の山を覆っていた。昨夜からの雨で地盤が緩んでいることが予測された。そのため「自然環境の破壊を避けるため」(運営側コメント)、スタート前に早々とコース変更の発表がされた。
ひとつはA2の先の竜ヶ岳登山を回避し山麓を迂回するルートに。もうひとつは山中湖へ向かう三国山ハイキングコースの通過を避けて籠坂峠を経由して山中湖湖畔に降りるルートに変更された。山中湖の変更ルートは交通量の多い幹線道路を避けて別荘地内を複雑に曲がりながら通過するが、天候次第で切り替える変更ルートは事前にプランニングされていたことは明らかで、「よくぞ繋げたもの」というのが率直な印象。事前交渉によってすべてのルートは策定されていたのだから、運営サイドの努力を垣間見ることができる。

河口湖畔から五湖台を目指す選手たち。渋滞を抜けると本格的なトレイルが始まる(N.H)
河口湖畔から五湖台を目指す選手たち。渋滞を抜けると本格的なトレイルが始まる(N.H)

スタート前の熱気の中で、やはり目立つのが海外から参加した選手たち。今年はエントリー時点で、中国から161名(UTMF以下同)、オーストラリアから28名、以下フランス24名、イギリス、シンガポール22名、USA、台湾21名と続き、在日外国籍の選手も含め400名の外国選手が参加。STYの125名UTMFには最強の山岳民族といわれるネパールから、メキシコからはあの『BORU TO RUN』に登場したタラウマラの二人が参加というトピックもあり、国際色豊かな大会になった。午後1時、カウントダウンに合わせて1363名の選手が河口湖を後にした。

UTMFのコースはスタート会場の河口湖を起点に年によって右回り(時計回り)、左回り(反時計回り)と変化してきた。今年はスタート後、樹海と湖を通過するコース。富士山麓ならではの深い森と吸い込まれるような神秘的な湖はUTMFの前半のハイライトだ。暗くならないうちに通過できるという点で、左回りはいい。
雨の日は森が綺麗だ。まぶしい光が差す森も美しいが、曇天の柔らかい光はグリーンをより色濃く見せる。しかし青木ヶ原樹海は違う。この森だけは、光がないと精機を吸い取られるほど日中でも暗い。化け物のような腕の生えた巨木、苔むした倒木が無造作に散在している。トレイルのすぐ外側は原始の森のままだ。原始の森の中では人は弱く生きる術を持たない。人は人とコミュ二ケーションをとれる高度な知能を有する。だから生き残ってこれたのだ、と立ち止まっていると要らぬことを考える。選手はいま何を思いこの森を通過していくのだろうか。

今年も海外から多彩な選手が参戦。左からジェディミナス(リトアニア)、シルビーノ(メキシコ)、サンダー(ノルウェー)選手(N.H)
今年も海外から多彩な選手が参戦。左からジェディミナス(リトアニア)、シルビーノ(メキシコ)、サンダー(ノルウェー)選手(N.H)

トレイルランのレースには2つのグループがある。それは優勝の行方を追うコンペティションとしてのトレイルランを目指すグループ、そしてもう一方が完走を目的としたトレイルラン。前者はエリートランナーの戦いであり、後者の主役は一般ランナーたち。もちろん一般ランナーといっても、このUTMFに挑む参加者たちは、出場資格となるポイントレースの完走条件をクリアしている、言うならば経験豊富な兵(つわもの)たち。そのような経験者たちでさえUTMFでは翻弄されてしまう。
日付が変わり大会2日目。この日の天候も予報では終日雨マーク。なかなか回復してくれない。選手を悩ませたのは雨だけではない、水分をたっぷり含んだ霧も大敵だ。ヘッドランプの光線が厚いミストの層に吸収されて10m先が見えない。69km地点のA3(エイド3富士宮)制限時間となる翌早朝5時20分(コース変更に伴い30分繰り下げ)までに、全参加者の約半数なあたる700名がリタイアという厳しいレースになった。
左回りのコースの場合、中盤以降の選手は深夜〜夜明け前の時間帯に天子山塊を通過することになる。厳しいアップダウンを繰り返すコース中最大の難関、しかも降雨でスリッピーな上に、視界の悪い山岳路は選手の体力を徐々に削り取り精神力にもダメージを与えた。ここ数年の9月下旬といえば残暑がまだまだ続く時期。今年の夏は全国で記録を更新する酷暑だったが9月に入りガラリと涼しくなった。台風も頻繁にやってくる。年々異常気象の頻度が増しているように思える。

この朝、トップの行方を追う大半のメディアが集結していたのは河口湖からハイクする石割山、さらに先の二十曲峠。早朝5時、石割山山頂のカメラマンが、富士山とトップ選手を一枚の写真に捉えた。しかしモノクロームのような雲の中に描かれた黒い富士に輝きはなかった。二十曲峠からも雨雲の上に富士山の頂が顔を出した。それも長くは続かずまた厚い雲に姿を隠してしまった。下界は水墨画のような世界。朝露が草木を濡らしていたが気温はさほど低くない。選手たちのコンディションはいかがなものか。残ったランナーはまだ諦めないで前進しているだろうか。そろそろ富士宮の関門が閉鎖される時刻だ。富士山の向こう側では最終ランナーたちの挑戦が続いている。

スタート後雨は上がり、森は一層みずみずしく輝きを放つ。元気に紅葉台を行く選手たち(N.H)
スタート後雨は上がり、森は一層みずみずしく輝きを放つ。元気に紅葉台を行く選手たち(N.H)

午後1時、河口湖でトップグループのフィニッシュを見届けて、富士山4合目の太郎坊に向かった。この日正午に富士山こどもの国をスタートしたSTYの上位選手が、UTMFの選手を次々とかわしていく。水分を吸ったブラックサンド(砂礫)は固まり、足場としては上りやすくなったが、濡れたシャツが胸にまとわり付き、選手の背中から立ち上る白い湯気が尋常じゃないことが分かる。ただ気温はそれほど低くない。むしろ敵は湿度で、この湿度が高い環境下で汗が気化しにくくなると、身体は放熱できず脱水症状を起こしやすくなる。

今回は富士山を一度も眺めることなく家路につく選手も多かったことだろう。特に海外組のリタイア選手は無念だったに違いない。それでも選手たちは常に左手の方角に感じる強いパワー。選手の心の中にはいつも富士山_ Mt.Fujiがあったに違いない。いつか出現することを待ち望んで誰もが一歩一歩前進した。
富士山_がはっきりとその全容を現したのは、大会3日目の午前、表彰式が始まる直前だった。天候の神は時折、善良な市民にいわれのない仕打ちをする。

登るのではなくラウンドするのだ

なぜトレイルランナーはUTMFを目指すのか。そのまえにUTMFの舞台となる富士山のルーツに少し触れたい。
ご存知のとおり富士山は火山の噴火によってできた山。最初の噴火は70万年前のふたつの火口からの噴火に始まる。気の遠くなる年月をかけて大陸プレートがぶつかり合い、日本列島の原型を形成していた時代。日本人のルーツである旧石器人がユーラシア大陸から移り住む2万6000年前のさらに遥か昔である。その後1万5000年前後まで噴火を続け、火山灰が堆積して現在の富士山の原型(古富士)ができた。地層の研究から標高は3000m弱だったと考えられ、すでに3つのプレートの交錯により誕生していた飛騨山脈(北アルプス)、赤石山脈(南アルプス)に標高は及ばなかったのではないかと推測できる。ちなみに、飛騨山脈に穂高、剱のように岩肌がむき出しの山が多いのは、赤石山脈によりも誕生が早く浸食が進んでいるためと考えられている。山は今も変化を続けているのだ。

やがて新富士火山が活動を始め(紀元前4000年頃から)、記録の残る、800年台〜1700年代にかけても数10年から100年の間隔で大小の噴火を繰り返しながら現在の形へと成長した。なかでも1707年の宝永大噴火は江戸市中まで大量の火山灰を降下させた。度重なる噴火によって、裾野に流れた溶岩は広大な樹海、湖、名瀑、さらに風穴・氷穴、湧水など、富士山ならではの自然風景を生む。これもすべて富士山の一部なのだ。
そのような天災を招いた山も平穏な時には江戸庶民から信仰の山と尊ばれ、江戸時代後期は『富士講』と呼ばれる巡礼ツアーが盛んに行われていた。現在の吉田口にあたる浅間神社周囲には御師(現在の登山ガイド)の屋敷が百軒近く軒を連ねていたという。富士山をこよなく愛していた画家もいる。『富嶽三十六景』を描いた葛飾北斎はあまりにも有名。江戸時代、どこからでも見えた富士山は、庶民の生活の風景に溶け込んでいたに違いない。

大会2日目早朝。雲海の上に富士山が姿をあらわにした。町の明かりは富士吉田市(S.F)
大会2日目早朝。雲海の上に富士山が姿をあらわにした。町の明かりは富士吉田市(S.F)

さて、現代に話を戻そう。なぜトレイルランナーはUTMFを目指すのか。筆者の考える答えは――「そこに富士山があるから」。
それは「なぜ山に登るのか」という問いに対して、登山家マロリーの「そこに山があるから」という回答に似ていると思う。富士山は登ってもいいし眺めているだけでもいいのだが、裾野のルートを繋いで、富士山を中心に一周したらどれほど素敵なことだろう。それも車でドライブするのではなく自分の足で一周するのだ。じゃないと達成感も何もない。
この壮大なプランを実現したのが『UTMF』だ。しかもそのコースを繋ぐと100マイルになる。参加フィーはそれなりの金額だが、大会だからこそ誘導、エイド、荷物の運搬、万一の救護など安全を担保してくれる。誰もが完走できる保証はないが、同じ目標を持つ仲間が一緒なら辛くても頑張れる。そのマトリックスはモンブラン山群を巡る姉妹大会『UTMB』にあるが、富士山はモンブランに並び劣らぬ価値がある。

そもそも日本の山はヨーロッパアルプスやロッキーのように眺める山ではなく、全て登れる山。そのため山麓を歩くトレッキングという概念が希薄だ。山は頂に立ってナンボというのが日本のスポーツ登山のスタイル。そこにトレイルランは風穴を開けた。下界から山頂に向けて縦方向に上るこれまでの「登山」に対し、ピークハントを第一の目的としないトレイルランでは山域として山を捉える。山に登るのではなく「縦走」もしくは「ラウンド」するという発想。
さらに「縦走」の概念そのものが従来の登山と異なる。登山における縦走は「ピークとピークを繋ぐもの」であり、目的はあくまでピークハントだが、トレイルランの縦走は長距離の移動という行動そのものが主体なので「スタートとフィニッシュを確定することがプランの出発点」となる。もちろん行程においていくつかのピークを越え、山頂に立つ喜びも大きい。
その発想の転換のベースになるのが、「トレイルラン」を始め、「スピードハイク」、「ファストパッキング」という登山の新しいスタイルであり、それを実現可能にした「ミニマル」で「ウルトラライト」な高性能ギアやウエア。いずれも体力をセーブし快適を第一に考える機動力重視のスタイルだ。マウンテンスポーツはいま化学変化を起こしつつある。

雨とミストが想定していたコースコンディションを大きく変えた。砂礫は水分を含んで固くなった(S.F)
雨とミストが想定していたコースコンディションを大きく変えた。砂礫は水分を含んで固くなった(S.F)

日本人男子4人入賞。若きエースたち躍動

毎年同大会には海外からトップランナーが集結する。今年は面子が大きく変わった。patagonia/ULTRASPIREサポートのエースランナー、米国の100マイルレースで数多くの戦績を残すジェフ・ブラウニング(USA)が初来日。今年inov-8チームに加わったジェディミナス・グリニウス(リトアニア)は3月に開催された『トランス・グランカナリア』(スペイン領カナリア諸島)の覇者。ちなみに前年度の勝者は昨年のUTMF2位のライアン・サンデス(スペイン)。過去2度のタイトルを獲得したチームSALOMONはリベンジを目指す小川壮太とゲイリー・ロビンス(カナダ)、大瀬和文の3名が今大会の主役だ。
レースを引っ張ったのは2013年UTMB8位、フランスのアルノー・レジューン(HOKA one one)。スタート直後の紅葉台(9km地点)からトップスピードにギアを入れ2位以下を引き離しにかかった。こんなに飛ばして後半失速しないのだろうか?

今大会のチャンプはリトアニアの現役軍人。観衆の出迎えに笑顔を見せる(K.S)
今大会のチャンプはリトアニアの現役軍人。観衆の出迎えに笑顔を見せる(K.S)

大会初日の夜7時半、我々は天子山塊の最後のピーク、長者ヶ岳(56km地点)の五合目を目指し田貫湖からハイクしていた。計算ではまもなくトップグループと鉢合わせになるはず。五合目展望台から臨む富士宮の街の明かりが漆黒のフレームを温かく染める。その直後だった。山に暮らす野生動物のようなに俊敏な動きでガレたトレイルを駆け下る長身の選手。アルノーだった。いまだトップをキープ。
それからしばらくしてジェディミナスが山麓のスタッフテント前へ下りてきた。スキンヘッドが迫力だがこちらのエールにも一瞬応えてくれる。一歩一歩地面を捉えながら進むような重みのある走り。両者の走りを比較する限り、足が壊れなければ、アルノーがそのまま走り抜けるだろうと思えた。ただ両者の差は50kmで10分程しかないのだが…。

翌朝5時52分、A9二十曲峠(141km地点)にトップでやってきたのはジェディミナスだった。後程リザルトを調べると、A5富士山資料館(97km地点)〜A6太郎坊(109km地点)への登山路でアルノーをかわしたようだ。ジェディミアスはNATO軍としても活動するリトアニアの現役軍人だ。フクラハギも太いが二の腕の筋肉も凄い。迷彩服に何十kgもの軍装をまとった彼の姿がだぶる。100マイルのトレイルを平気な顔をして走りきる強靭な男たちが異国の地にはまだ沢山いるのだと思う。
3位にはジェフが上がってきた。A3富士宮(69km地点)に7位で到着、トップのアルノーに1時間8分の遅れをとっていた彼は、富士宮〜二十曲峠約70kmの行程でアルノーとの差を25分縮めて、ポジションを4つ上げてきた。「相手に惑わされない、自分の走りに徹する。そして後半勝負だよ」とレース前に話していたとおりの展開になってきた。

日本人トップで河口湖に戻ってきたのは小原将寿選手。喜びを両手で表現した(Y.K)
日本人トップで河口湖に戻ってきたのは小原将寿選手。喜びを両手で表現した(Y.K)

朝露の森から日本人選手が姿を現した。大瀬和文選手。表情は3月のIZUトレイルジャーニーで見た苦しいものではない。エイドで美味しそうにオレンジを加えた。そもそもここまで総合5位(日本人トップ)なのだから、調子が悪いはずがない。そしてすぐ後ろを逆転のチャンスを伺うかのように小原将寿選手が9分差で付く。二人とも8月のUTMBを経験してまた経験値を積んだ。UTMBを完走した大瀬選手の回復力には驚かされる。それにしてもこの二人、一睡もせずにもう19時間近く走り続けているとは思えないほど気力が充実している。
この後のコースをイメージしているのだろうか、哲学者のように思いにふける大瀬選手。顔をくしゃくしゃにしながら苦しみを楽しむように笑う小原選手。いま最も旬な二人の若者が今年のUTMFを大いに盛り上げている。ゴールまであと27km、残すピークは杓子山、中央自動車道を越えて霜山(しもやま)。ここからが100マイルの正念場となる。

UTMFの男子は10位までが入賞対象で、表彰のステージに上がれる。10番目に嬉しい選手がやって来た。松永紘明選手。2008年夏の出来事だった。国内初開催となった100km超えのトレイルランレース。日中の気温35度に迫る真夏の『おんたけウルトラトレイル100K』。鏑木毅、石川弘樹、相馬剛3選手が出場。後にも先にも唯一のトリプルバトルになったレジェンドレースで、相馬選手を追い詰めて4位に入った青年もいまやベテラン。静岡県藤枝市出身、20代半ばに新潟に移住し冬はスキーのインストラクター、夏は海外留学のサポート業。トレイルランは趣味で始めた。でもトレランにはスクールがない。そこで独自のアイデアで新潟をベースにトレランの普及に努めてきた。彼を師匠と仰ぐトレイルランナーは多い。いつも辛そうだった後半、今年は表情が違う。
彼の活躍に刺激を受けるように、チームTNFのチームメンバー、小林慶太選手(9位)、鬼塚智徳(11位)が松永選手の前後を固めた。小林選手は順位をひとつ落としたが、周回方向が逆転した今年も後半の追い上げで入賞。エリートですら完走することも難しいハイレベルなレースで2年続けてステージに上るのは容易なことではない。日本人選手では山屋光司、小川比登美選手(共に2012・13回大会)依頼となる。「後半追い上げ型」を自負する選手としてレースマネージメントができるクレバーさも併せ持つ。

日本人女子トップ(総合4位)は丹羽薫選手。途中コースロストしたが諦めずに走った(S.K)
日本人女子トップ(総合4位)は丹羽薫選手。途中コースロストしたが諦めずに走った(S.K)

トップ選手を追って河口湖へ移動した。ジェディミナスは衰えることなくそのまま優勝のテープを切った。フィニッシュエリアには各エイドで彼を支えたブロンドの奥様が出迎えた。熱い抱擁、丁寧な勝利者コメントを残し、仕事のため翌日の表彰式をパスし帰国の途についた。
さて、日本人対決の行方は。河口湖大橋を先に渡ったのは小原選手だった。両手を大きく開いてレースのフィナーレを表現して見せた。UTMBでは初めて途中棄権を味わった。想像していたレースよりも遥かに巨大で厳しかった。その悔しさを秘めたレース、4度目となるUTMFの走り方は分かっている。そして、15分遅れて大瀬選手がフィニッシュ。杓子山で小原選手に日本人トップを譲ったがその後も全力で走り切った。フィニッシュゲートで再会した二人は互いを称え合った。5位22時間55分。6位23時間10分。まる一日動き続けた中の15分という時間に大きな差があるとは思えない。エースランナーとしてこのレースがどれだけ過酷だったか、同じ時間帯を共有したこの二人だけが理解し合える。
100マイルのレースは、視界のいいロードで並走しながら相手の様子を伺う駆け引きはない。今回のレースでは常に大瀬選手がリードしていて、杓子山で順位が入れ替わるまで二人の接点はエイドでもなかった。それがある一点で逆転する。レースを俯瞰する側にはあたかもマッチメイクを繰り広げているように映るが、選手には楽しむ余裕などない。「後ろから迫りくる恐怖」と「見えない追跡」――トレイルレースとは実にストイックな自分自身との戦いであることがよくわかる。

大会リザルトはこちら
大会公式サイト

大会レビュー

  • UTMF2015当日、小雨混じりの曇天。少し肌寒いけど心の準備はできています(N.H)
  • ワンコもご覧のとおり完全装備(H.M)
  • 会場ブースの『YAMATSUMI,Mt.FUJI』には次々と見物人。立体感覚でコースを確認(Y.K)
  • 北海道からやって来た仲間たちの(H.M)
  • こちらは九州からやって来た仲間たち(H.M)
  • シンガポールから家族とお友達と参加です(H.M)
  • YOUたちはどちらから? 英国、カナダと多国籍な香港チーム(H.M)
  • 毎年世界からビッグネームが参戦するUTMF 今年の顔ぶれも多彩だ(Y.K)
  • 午後1:00約1400名の選手が出発。ここまできたら勇気を出して仲間の分まで(H.M)
  • スタートの序盤は河口湖湖岸を走って富士山麓樹海丘陵を進む(N.H)
  • 紅葉台をトップで駆け下りてきたのはフランスのアルノー。すごいペースだ(N.H)
  • 日本人トップは大瀬和文選手、こちらも好調さをうかがわせる軽快な走り(N.H)
  • 外国勢女子トップはもはやお馴染みのエイミー・スプロストン(USA) (N.H)
  • ベテラン、新鋭相乱れての前半戦。レースとは自分との闘い(N.H)
  • 昨年唯一の女性としてTJARを制覇した西田選手もFujiに帰ってきた(N.H)
  • まだまだこれからだよ。必ず戻って来いよ(N.H)
  • おお、香港チームの仲間たち。調子よさそうだね(N.H)
  • 紅葉台から右手に西湖をのぞく。選手は眺めている余裕ないか(N.H)
  • 富士山麓も秋が深まりつつある。紅葉台のトレイルは黄金色(N.H)
  • 青木ヶ原樹海を行く第2グループ。UTMFは初参戦の外国勢(Y.K)
  • 樹海で日本人トップに立った山屋光司選手、こちらも表情がいい(Y.K)
  • 山屋、大瀬のすぐ後方に着く鬼塚智徳選手。外国勢にどこまで立ち向かうか。それとも…(Y.K)
  • 昨年も富士を走ったゲイリー(カナダ)と初参戦のジェフ・ブラウニング(USA) (Y.K)
  • 女子2番手はウシュエ・フライエ(スペイン) 男子のような体幹の強さを感じる(Y.K)
  • 『Bon to run』に登場する走る部族の村から参戦したアルヌルフォ選手(メキシコ) (Y.K)
  • 日本人女子トップを快走する丹羽薫選手、アクシデントにも遭遇するが安定した走りを展開(Y.K)
  • パノラマ台辺りから望む霧の本栖湖。神秘的なこの景色を眺めていってほしいな(H.M)
  • 本栖湖を周回する小原将寿選手、UTMFでは年ごとに成績を上げているエースの一人(Y.K)
  • UTMFではまだ結果を出していない小川壮太選手、トップランナーの一角として期待がかかる(Y.K)
  • A2(本栖湖)を出発すると左手に聡明な本栖湖が広がる。太陽よ出てくれ(N.H)
  • Hey!! Guy 調子はどうだい?  富士山が見たいって(N.H)
  • 午後6時過ぎW1(麓)へ到着する選手たち。一般応援ゾーンにはあふれんばかりのサポータが(Y.K)
  • 何かと注目度も高いアルヌルフォ選手。レースに集中できるか少し心配(S.F)
  • 22時50分、麓へ向かう後続の選手たち。遥か遠くにもライトの光が見える(Y.K)
  • 23時10分、麓から雲見岳へハイクする選手のライトの帯。夜間を通してずっと続いた(Y.K)
  • 夜7時45分。長者ヶ岳の下山路展望台から望む富士宮の夜景。ようやく人の匂いを感じる(Y.K)
  • その直後、山道を猛烈なスピードで駆け下るアルノー選手。背中を捉えるので精一杯でした(Y.K)
  • 2番手は約7分遅れでジェディミナス・グリニウス選手(リトアニア)、まだ結果は予測不能(N.H)
  • 長者ヶ岳山麓でテントを張り夜間中誘導を行っていた運営スタッフの皆さん。ご苦労様です(N.H)
  • A3(富士宮)にトップで到着したアルノー選手、たまらず富士宮やきそばに食らいつく(Y.K)
  • あんころ餅の仲間「みくじもち」。食べたかったな(H.M)
  • サンドル選手(ノルウェー)のエイド食材。お好きなものをどーぞ(H.M)
  • こちらは小林慶太選手のエイド。ヘパリーゼゴールドにブラックサンダーが欲しい(H.M)
  • 富士宮エイド(A3)へ陣中見舞いにやってきた鏑木実行委員長。相変わらず人気絶大です(H.M)
  • 「いやー、コーラ効くわ」と表情が語る山屋選手にこの後アクシデントが(H.M)
  • 翌日夜が明けた早朝5時41分、二十曲峠。雲間から突然富士山が顔を出す(H.M)
  • 忍野村、河口湖方面は本日も深い雲に包まれている(Y.K)
  • その20分前、トップを奪取したジェディミナス選手が石割山山頂を通過(K.N)
  • 同時刻、お隣の杓子山山頂からも富士山が全容を見せた。朝焼け色に染まる赤富士(S.F)
  • 二十曲峠から石割方面へ移動中見つけた可憐な花。朝露で寒そう(Y.K)
  • 常緑樹にクリスマスツリーの装飾のように絡む紅葉の不思議な光景。見ごろはいつ? (Y.K)
  • そうなのです。みんな辛い。だから我慢しないと(Y.K)
  • きたきたきたー!! 日本人トップは大瀬選手。一昼夜走り抜いてきた。凄い(Y.K)
  • A9(二十曲峠)、アルノー選手1分ほどソレを眺めて観察し、食べなかった(H.M)
  • その正体は豆腐と豆腐ボール。美味しいのに(H.M)
  • 哲学者のような顔をしながらオレンジをほおばる大瀬選手。彼の脳裏をかすめるものは(H.M)
  • この男、今回はスナイパーになった。一人ひとり選手を捉えついに大瀬選手のすぐ後方に(H.M)
  • おおー、兄貴が入賞圏内に登場。松永紘明選手、あと30km、まだまだ余裕あるな(Y.K)
  • 2日目午前10時40分、河口湖に戻ってきた。今日も太陽拝めないのだろうか(H.M)
  • 今年のチャンピオンはリトアニアから奥様と来日したジェディミナス選手。強靭なランナーだった(Y.K)
  • 2位はアルノー選手。中盤までリーダーを務めレースのレベルを引き上げた(Y.K)
  • 河口湖大橋でスパートをかけるソンドル選手(ノルウェー)、いつも辛い表情だったが強かった(Y.K)
  • そして日本人対決を制したのは小原将寿選手。総合5位は原選手以来の成績(S.K)
  • ああああああああああ
  • 小原、大瀬に次ぐ粘りの走りで総合9,10,11位を獲得したTNFチーム小林、松永、鬼塚(S.K)
  • 女子は闘魂のこの方、スペイン勢の層の厚さを改めて証明したウシュエ・フライエ選手(S.K)
  • 所は変わって富士山五合目太郎坊。標高1417mのA6を目指す選手たち(Y.K)
  • 時刻はまだ午後3時半。すぐ先にあるA6が深いガスで全く見えない(Y.K)
  • エイドスタッフの皆さんはメチャ元気です。その笑顔で元気戻ります(Y.K)
  • 雨と霧で選手はずぶ濡れ。冷え切った体にうどんが染みる(H.M)
  • 少しだけ寝かせてください。昨日河口湖を出てから26時間と30分。いま太郎坊にいます(H.M)
  • 今回はSTYに参戦したセバスチャン・セニョー(フランス)。このクラスでも強い快速ぶり見せつけた(S.F)
  • STY女子は宮崎喜美乃選手。トレラン歴1年ながら元高校駅伝選手の走力でレースを支配(S.F)
  • 大会3日目、ようやく富士山に光が戻って来た(Y.K)
  • ゴールまであと1.5kmでの記念撮影。香港から来た中国選手の皆さん。チームワークが素晴らしい(Y.K)
  • 丸2日走り、歩きとおして河口湖にもどってきた選手。一度も転んでいないのかな(Y.K)
  • かとおもえば、こちらはこんなに泥んこ。同じ場所で撮影したのですが(Y.K)
  • やったー河口湖に着いた!! ホントにやったーって感じですよね(Y.K)
  • ほらほら橋が見えてきた。あの橋を渡れば(Y.K)
  • 完走賞は赤いフィニッシャージャケット。記録証も大切だけど一番はこの2日間の記憶(Y.K)
  • 国籍、チームを超えた垣根のないスポーツの交流。トレイルランもまたグローバルスポーツ(H.M)
  • 『富士山1周レースができるまで』。UTMF誕生のストーリーです。山と渓谷社から絶賛発売中(H.M)
  • お馴染みの顔の大きなお兄さんと可愛い由香理ちゃん(H.M)
  • 日本でも人気のフェルナンダ選手(ブラジル)とチームメイトの宮崎選手。いい大会でした(Y.K)
  • 天気も回復基調で表彰式の時間には大勢の人が集まってきた。やっとUTMFらしくなってきた(Y.K)
  • まずはSTYの入賞者表彰(男子上位10名、女子上位5名) (Y.K)
  • 続いてUTMF入賞者表彰(男子上位10名、女子上位5名) (Y.K)
  • 最後に大会運営スタッフ恒例の記念撮影。主役は選手ですが、地元もサポーターも含め、みんなのUTMF(Y.K)
  • 『UTMF & STY盛り上げ隊』の皆さん、来年もよろしくお願いします(Y.K)

VOICE

UTMF男子1位 ジェディミナス・グリニウス

UTMF男子1位 ジェディミナス・グリニウス

「(大会2日目は)天候が悪い中でも富士山が顔を出してくれた。日本に来てよかったよ。初めてのUTMFはワイフがすべてサポートしてくれたから、とても助かったしモチベーションは落ちなかった。運営も素晴らしく、サポート皆さんがこれだけいれば走れないわけはない。いつとは言えないけど、また必ず戻ってきたい」

UTMF男子3位 ジェフ・ブラウニング

UTMF男子3位
ジェフ・ブラウニング

「先のUTMBで足を痛めてしまったこともあり、今回は辛抱強く周りのペースに惑わされることなく後半に備えた。UTMFはロードの走り+テクニカルなトレイルがミックスされたコースという印象。特に天子山脈はツルツルでトリッキーなコースで苦労した。でも日本がとても気に入ったのでまた戻ってきたい」

UTMF男子5位 小原将寿

UTMF男子5位
小原将寿

「5位(日本人トップ)という成績は本当に嬉しいです。レースを通じて全力を出し切ることができました。UTMBでは途中棄権して惨敗だったので、UTMFは自分のレースをしようと思って臨みました。サポーターや沿道の応援は強い後押しになりました。皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです」

UTMF男子6位 大瀬和文

UTMF男子6位
大瀬和文

「調子は本当に良かった。UTMBは完走で終わってしまったので、今回は結果を残したいと思っていた。(終盤日本人トップを逆転されたことについて)杓子山の山頂で小原君に追いつかれてしまった。おそらく彼が来るに違いないという予感が的中した。でも6位という成績には満足しています」

UTMF女子4位 丹羽薫

UTMF女子4位 丹羽薫

「天候は良くなかったですが昼夜の気温差がなく、その点は走りやすかったと思います。ただA4の後でコースをロストして1時間裾野を彷徨うはめに。友人にTELしてGPSで自分の位置を探しました。杓子の下りでは2、3人の外人と競う辛い展開でしたが、気合を入れるために自分にビンタしながら走りました」

BOUN to RUNに登場するタウラマ族 シルビーニョ

BOUN to RUNに登場するタウラマ族
シルビーニョ

「シューズで出ました。前半は攻めたのですが、その影響で(天子の)下りで足首に、さらにヒザに来てA3でリタイアしました。もちろん完走することを目標に来たので残念だけど、日本の文化や食生活も体験して日本はとてもいい国だということが分かった」

アルヌルフォ

アルヌルフォ

「ヨーロッパや北米のレースに年3、4レース出ています。今回はワラーチで出ましたが、下りがとにかく滑るし、ロードの突き上げで今回は完走を断念した。残念だけど、富士山は(来日して)22日に青梅の山へトレーニングに出かけた際にしっかり見たよ」

STY女子1位 宮﨑喜美乃

STY女子1位
宮﨑喜美乃

 「3回目のトレイルレースですが、『IZUトレイルジャーニー』と『SPAトレイル』では前半に飛ばしすぎてしまい、後半粘れずに負けるパターンでした。2度も同じ失敗をしたので、今回3度目の正直でした。前半の泥んこトレイルは通常は走らない環境で、滑って転んだりするのも楽しいと思えた。後半のコースは天気のいい日に試走していますが、天候やトレイル状況が違いにワクワクしました。応援してくれる人がとても多く、エイドの度にとてもパワーをもらいました。2015年は50mileレースの年だったので、来年はレベルアップしてUTMF(100mile)にチャレンジしてみたい!

STY男子1位 セバスチャン・セニョー

STY男子1位
セバスチャン・セニョー

「日本のことわざに七転八起があります。僕の座右の銘で、ここ2年、病気とケガと戦いましたが、その言葉のおかげで苦しい時も強くなることが出来た。今回のレースはUTMFの選手の後を走ることもあり、最初から最後までつるつるのサーフェスと闘わなくてはならなかった。ゆっくりできたのは100mくにいかな(笑)。でも久しぶりに優勝の味を味わえてとても嬉しい」

INSPIRE

今大会UTMFで活躍した3人のトレイルランナーに
聞いてみたかったこと。聞いたこと。

ジェフ・ブラウニング

今回のUTMFに期待していることは――

1番でフィニッシュすること(笑)。コースを巡るうえで景色が綺麗であることを期待しています。いまから地図を眺めながらワクワクしています。UTMFのようにスタートとゴールが一緒の周回コースが大好きなんです。(大会3日前の取材。以下同)

河口湖に戻ってきた。湖畔路でファンに応える余裕
河口湖に戻ってきた。湖畔路でファンに応える余裕

コンディショニングは万全ですか? 調整方法をこっそり教えてください――

今年国際レースは3回目、4月のチリのFIORD177km、UTMB、そして今回のUTMF。UTMBは80kmでくるぶしを痛めて15年間レースに出ていて初めてリタイアしました。そのためゆっくり休みました。直前はロード用にピッチ走法をやってきました。10年前までは100mileを1か月の期間で続けて走ることなど考えられなかったけど、それを可能にしているのが休養とトレーニングです。いま44歳になりましたが、若い時とコンディションは変わりません。 ひとつルールがあって、100mileを走った後は9〜10日間は走らないで休養にあてる。ただ動くという行為は必要。もしUTMBをゴールしていたら、10日間休んで、UTMF前に50kmを一本という計算でした。大きなレースの合間は休むこと。ランナーは走っていないと落ち着かないという人が多いと思いますが、100mile以上走れる人は体はもうできているのです。

ジェフさんが走り始めたわけを聞かせてください――

幼少期から走らざるを得なかったのです。というのもミズーリ州の僕の実家は牧場で、祖父母の家が500mも先にあって、よくアイスクリームをもらいに行くのだけども、走らないと溶けちゃう。大学からMTBを始めてオレゴンに引っ越したのだけど、MTBは壊れると担いで帰ってこなければならない。でも、トレイルランはハイドレーションパックがあれば自分の足で戻ってこれる。このシンプルさにはまりました。ウエスタンステイツに出るために、1年に6回のウルトラマラソンに出たよ。

UTMF総合3位。フィニッシュ直後の雄叫び
UTMF総合3位。フィニッシュ直後の雄叫び

日本のトレイルランナーにメッセージを――

トレイルランやるやらないは別として、外に出て自然に触れましょう! 公園の中を走りましょう。山である必要はありません。テクノロジーが溢れる社会から離れて、人間の生まれた自然とコネクトすることが大切。僕の仕事はデザイナーで日常の相手はPC、家にいれば子供が飛びついてくる。自然の中に一人でいるというのは最もシンプルで心地よい行為です。

取材協力:ウルトラスパイア(エイアンドエフ)

小林慶太

ベストなコンディションではなかったと言うが、粘り強く100mileを走り抜いた
ベストなコンディションではなかったと言うが、粘り強く100mileを走り抜いた

昨年8位、今年9位、順位だけ見れば1つ落としましたが、2年連続入賞。今年のUTMFで学んだものは何でしょう――

今回は昨年と異なり、完走も厳しいのではないかとい身体のコンディションでした。しかしながら、試走や過去のレース経験を活かして、走りきるということが出来たのは成長できた点かと思います。

お仕事はIT関連と伺っています。ワークライフとトレイルランというバランスを取るうえで、工夫していることは――

仕事もトレーニングも時間の区切りをつけて、その中で出来るだけ集中するというところでしょうか。

日常のトレーニングはどのようなメニューでしょうか――

平日は1〜1.5時間ほど、ロードやトレッドミル、階段などをつかったトレーニング、週末は出来るだけ時間を作り、トレイルランをしています。

Interview
チームメイトの松永選手と。長いトレイルレースでは互いに励まし合えるのがいい

疲れたとき、壁にぶつかったときにモチベーションを上げる方法は――

割とプラグマティズムな考え方の方なので、やる気のない時は気持ちが弱いのではなく疲れているだけですし、疲れた時は2、3日睡眠時間を多く休めばいいし、壁にぶつかったら原因を具体的に探して解決していけばいいのではないかと思います。あと、第三者の客観的な意見が大事だと改めて感じています。

宮﨑喜美乃

山中湖へ下るトレイルをトップスピードで駆け抜けていった
山中湖へ下るトレイルをトップスピードで駆け抜けていった

高校駅伝に青春を賭けたあの時の自分と、今の自分は違いますか?――

あの頃は、走る事が好きで始めた陸上でしたが、次第に走らないといけない、義務的な気持ちになってしまっていました。高校三年生の時に目標レースで惨敗しバーンアウト。大学も4年間、怪我によりほぼレースに出られない状況でした。引退してから3年間、陸上から離れたことにより、今、改めて走ることの楽しさを感じています。
走ることは私にとって義務ではありません。トレーニングも走りたいという気持ちがしなかったら、走り出しても途中でやめる(笑)。それは山のトレーニングでも同じです。気持ちが乗ってない時にトレーニングしても集中力に欠けて怪我や事故するリスクが増しますから。今は、走る事が楽しくて、好きで陸上を始めた小学生の時の気持ちと同じ。それがいちばん嬉しい。

トレイルランのためのトレーニング方法、効率を上げるためのメニューとかご自身が考えるアイデアはありますか? また日ごろ実践していることは――

トレイルとロードの走り方は全く違います。レースでも走り方を切り替えて走っている。ただ、まだトレイルの走り方は勉強中。速い人に付いて走るのがいちばん効率いいと思う。トレーニングは、週末に仕事が休みなので、その日に強度の高いトレーニングをしています。そのために、週末に調子を上げていくようにメニューを組んでいます。
毎回レースに向けて身体のコンディションは違うため、同じメニューをこなしても結果は出ません。そこでトレーニングの時に意識して、今のコンディションならどうしたらいいか、を考えながらメニューを組み立てると、どんなコンディションでも落ち着いてレースに挑めます。でも、いちばん大事なのはトレーニングと思わないこと(笑)。 トレイルへは特に複数人で行くことが多いのですが、その日を最高に楽しむためのコンディション作り、そう思う方が良い内容になるし、心に余裕が持てますね。

山は登られるのですか、山登りは好きですか――

大好きです! もともと山は登山から入ったこともあり、長時間身体を動かすのに慣れていたことも今、長い距離を走れる要因のひとつちと思っています。今年はあまり登山にでかける時間がありませんでしたが、テント泊が好きなので来年は色々と重い荷物背負って歩き回りたいです。

ダイエット、健康、マラソン、トレイルラン、走る目的は人それぞれ。宮崎さんにとって走る喜びと目的とは何ですか――

大会スポンサーでもあるTNFチームのメンバーとして今大会は大活躍
大会スポンサーでもあるTNFチームのメンバーとして今大会は大活躍

トレイルを走ると色んな景色を見ることが出来ます。ロードを走る時よりもアスレチック感が増します。そして、長時間走ると自分の色んな感情が出てくる。ただ、楽しいと思えるだけじゃなく、急勾配の下りを上手く走れたら嬉しくなり、興奮します。反対に足が全く動かなくなって悔しくて涙を流したり、長いからこそ自分の新たな一面を知ることができる。そんな気持ちを共有してくれる仲間も増えました。どんなコースだったのか、どんな気持ちだったのか、様々な事を皆で語れる時間がいちばん好き。そんな時間のために走っているのかもしれない。

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